研究課題/領域番号 |
15H04378
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
松野 健治 大阪大学, 理学研究科, 教授 (60318227)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 左右非対称性 / 機械的力 / 形態形成 / 組織変更 / I型ミオシン / 計測 / 消化管 |
研究実績の概要 |
からだの左右非対称性の形成機構は発生学の重要な課題の一つである。研究代表者は、ショウジョウバエを用いて、左右非対称性形成の新規な機構を解析してきた。ショウジョウバエ胚の消化管は、後方からみて左ネジ方向に捻転することで、左右非対称な形態をとる。この捻転は、消化管上皮細胞が左右非対称に変形することでうまれる機械的「力」で駆動される。したがって、この捻転を駆動する機械的力(捻転トルク)の誘発機構と、その向きの決定機構を理解することが重要である。 これまでに、消化管の左右非対称性形成で働く遺伝子群を同定したが、各遺伝子の突然変異体において、消化管の形態異常と機械的力の間に線型的な関係は期待できない。そこで、本研究では、磁気ビーズを胚後腸の内腔に顕微注入し、磁石で後腸の捻転を停止させることで、後腸の発生する機械的力の大きさを計測する。野生型胚や突然変異胚において、この機械的力の大きさと向きを「表現型」として扱うことで、機械的力の発生における各遺伝子の機能やその相互関係を定量的に明らかにすることを目的とする。 平成28年度の研究では、次の2項目につて研究の進展があった。(1) 後腸の発生する捻転トルクの計測方法のこれまでの問題点を改善し、アイソトープを用いて顕微注入した磁気ビーズを定量する測定を確立した。(1) については、この改良によって、平成29年度に実施する捻転トルクの計測を行うことが可能になった。(2) 後腸の捻転過程で細胞スライディングが起こることを明らかにした。(2) については、成果をまとまた論文を投稿した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究がスタートした時点で、磁性ビーズとネオジム磁石を使って、後腸の捻転トルクを測定する方法の原型はできていた。当初、磁性ビーズ(濃度既知)を蛍光物質Qドット(濃度あたりの蛍光ユニット既知)と混合して胚の後腸の内腔に顕微注入し、注入した胚の抽出液のQドット由来の蛍光を測定することで、注入した磁性ビーズの量を算出することができると考えていた。しかし、Qドットの発する蛍光が予想以上に弱く、一つの胚に注入した磁気ビーズの量を算出することができなかった。そこで、ラジオアイソトープ(32P)と磁気ビーズを混合して注入し、注入後の放射線量を測定することで、注入した磁気ビーズ量を定量することに成功した。また、平成27年度の研究では、顕微注入する際のショウジョウバエ胚のステージと向きを変更することで、注入の成功率を10倍以上向上させることに成功している。 胚消化管内腔に磁性ビーズとネオジム磁石間に働く磁力、磁性ビーズ/ネオジム磁石間の距離と磁力の間の関係は、粘性標準液中で磁性ビーズがネオジム磁石に牽引される速度から、ストークスの方程式で算出できる。また、磁力の大きさは、磁性ビーズとネオジム磁石間の距離で調節できる。胚後腸の前方部先端は、「L字」型に、腹側方向に屈曲している。胚後腸の前方部先端以外は、捻転の回転軸に沿っているので、この捻転の後、後腸は右に屈曲することになる。この特殊な構造を利用し、後腸先端部に磁性ビーズを顕微注入して、ネオジム磁石でこれを引っ張ることで、後腸の捻転を止めることができる。この時の磁性ビーズとネオジム磁石間の距離から磁力を算出し、捻転トルクを求めることができる。 したがって、平成28年度までの実験で、後腸の捻転トルクを計測するためのシステムの構築が完了したものと判断される。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度の研究では、平成28年度までに改良した方法を用いて、後腸の左右非対称性に異常を示す突然変異体や、後腸上皮での遺伝子の強制発現によって後腸の左右非対称性が異常になる条件で、後腸の捻転トルクを測定する。特に、以下の3項目に注目して解析を進める。 (1) 後腸の捻転方向が逆転(鏡像化)する突然変異体(Myosin31DF突然変異ホモ接合体)や遺伝的改変個体(Myosin61F強制発現個体)において、逆向きの捻転トルクが発生しているかどうか。もし、これらの胚において捻転トルクが反転しているようであれば、これらの遺伝子は機械的力の向きを決める機能をもっていると考えることができる。 (2) 後腸の左右非対称性がランダム化する突然変異において、個体ごとに逆向きの捻転トルクが発生しているかどうか。または、捻転トルクの低下が起こっているかどうか。もし、個体ごとに捻転トルクの向きが異なるなら、これらの遺伝子は、機械的力のベクトルを個体間で一定方向にそろえる機能をはたしていることになる。 (3) 後腸の左ネジ捻転の程度が低下する突然変異体や遺伝的改変個体において、捻転トルクが低下しているかどうか。捻転トルクが低下した場合、これらの遺伝子は、捻転トルクの方向の決定には関与しないが、機械的力の発生で機能していると考えることが可能である。 これらの実験によって、各遺伝子の機械的力の発生や、その向きの決定における機能を「表現型」として定量的に評価していく。
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