研究課題
本研究課題の目的は、パプアニューギニア高地人が、明らかにタンパクの不足した食生活にもかかわらず大きな筋肉を発達させるメカニズムを、腸内細菌の役割に着目しながら解明することである。最初に、マウスをタンパク欠乏状態にする餌を調整するための予備実験を東京大学の平山和宏准教授が実施した。単位重量あたりのエネルギー含有量は等しいものの、タンパク含有量%が異なる4種類の餌を作成し、それぞれの餌を5匹づつのマウス(BALB/cAJcl)に与え、体重の変化を経時的に記録した。その結果、マウスをタンパク欠乏状態にする餌のタンパク含有量%が明らかになった。次に、「低タンパク適応」の状態にあるパプアニューギニア高地人の腸内細菌をマウスに移植する実験を実施した。パプアニューギニア高地レバニ渓谷に居住する8名を選び、その糞便を無菌状態で経代飼育されてきたマウスに移植した。これらのマウスに、滅菌処理をしたタンパク含有量%の少ない餌を与え、1ヶ月間の体重変化を記録し、生体試料を採材した。この実験により以下の3点が明らかになった。1)腸内細菌叢解析を実施した結果(解析は、慶応大学の須田亙講師が担当した)、同一群のマウスは同様の腸内細菌叢をもち、その細菌叢は移植した糞便を採集した人の腸内細菌叢を反映していることが確認された。2)タンパク含有量%の少ない餌を与えた結果、「低タンパク適応」の状態にあるパプアニューギニア高地人の腸内細菌叢を移植した群のマウスも体重を減少させた。3)採材したサンプルを対象に、タンパク代謝、脂質代謝、尿素サイクル・TCAサイクル・クエン酸サイクルにかかわる遺伝子発現など広範なバイオマーカーを測定した。測定は、新潟薬科大学の冨塚江利子助教が担当した。同一のタンパク含有量%の餌を与えて飼育したにもかかわらず、移植する腸内細菌の違いによって、複数のバイオマーカーに有意な差が観察された。
2: おおむね順調に進展している
タンパク含有量%の少ない餌を与えても体重が減少しない「低タンパク適応」モデルマウスの作成が本研究の最大の目標である。2015年度は、「低タンパク適応」の状態にあるパプアニューギニア高地人の腸内細菌を、マウスに移植する実験を実施した。パプアニューギニア高地レバニ渓谷に居住する個人のなかで、タンパク摂取量が少ないにもかかわらず筋肉量の大きい8名を選び、その糞便を無菌状態で経代飼育されてきたマウス(n=3~5)に移植した。コントロールとして、無菌マウス、日本人の糞便を移植したマウス、腸内細菌を管理していないマウスを用いた。これら11群のマウスに、滅菌処理をしたタンパク含有量%の少ない餌を与え、1ヶ月間の体重変化を記録し、その後、糞、尿、血液、筋肉、毛、肝臓を採材した。この実験は、感染実験のための施設とノウハウのある平山和宏准教授が担当した。実験の結果、「低タンパク適応」の状態にあるパプアニューギニア高地人の腸内細菌叢を移植した群のマウスも体重を減少させた。体重減少の程度は、コントロール群と変わらなかった。2015年度の研究は、タンパク含有%の少ない餌を与えても体重が減少しない「低タンパク適応」モデルマウスの作成のための基礎データの蓄積という位置づけであり、2016年度以降に目標を達成するための新しい戦略をたてるうえでの重要なヒントが蓄積された。
人類の低タンパク適応に腸内細菌が果たす役割を解明するための本研究課題で期待されるブレイクスルーは、タンパク含有量%の少ない餌を与えても体重が減少しない「低タンパク適応」モデルマウスの作成である。モデルマウスの作成が成功すれば、その腸内細菌叢の解析、生体内タンパク代謝の解析など、低タンパク適応メカニズムの解明が飛躍的にすすむと考えている。その目標を達成するために、2016年度の研究では、人の腸内細菌叢をマウスに移植する手技、マウスに与えるタンパク含有量%の少ない餌の作成方法を工夫する予定である。
すべて 2016 2015 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 4件、 査読あり 3件、 謝辞記載あり 3件、 オープンアクセス 1件) 備考 (1件)
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