本研究は、近縁野生植物の未利用遺伝資源を活用して、高温耐性に優れたコムギ系統を育種するための基礎と応用を結ぶ研究である。 申請者は、実用コムギ品種の遺伝的背景に、近縁野生植物タルホコムギの種内変異を包含させた「多重合成コムギ(MSD)集団」を育成した。MSD集団中の個体は遺伝的にきわめて多様であるが、互いに類似した形態を示し、受容親との比較により形質を精密に評価し選抜できる特長がある。 そこで、この集団を、アフリカ・スーダン農業研究機構の高温ストレス圃場(ワドメダニ)で栽培し、現地の育種家とともに、高温条件下でも生育のよい系統を6系統選抜した。翌年その系統を圃場で再評価するとともに、乾燥地研究センターのデザートシミュレータの人工的な高温条件下でも評価し、高温耐性を確認した。そのうち3系統は、昼温38度の高温条件での光合成速度が22度条件より良く、高温条件に適応していることが明らかとなった。 一方で、MSD集団から任意に選んだ400個体をスーダン農業研究機構の3カ所の圃場にて栽培し、収量を含む農業形質を測定した。同時に、これら系統をDArTseqにより大量ジェノタイピングを行った。これら、圃場およびゲノムデータを利用して、ゲノムワイドアソシエーション解析を行った。MSD集団は、どの環境においても、大きい形質の変異を示した。中には、高温条件下でMSD集団の遺伝的背景として用いた農林61号やスーダンの環境に適応した2つの実用品種より格段に優れた収量を示す系統13系統見られた。これの研究により、MSD集団は、高温耐性育種に好適な育種素材であることが、明らかとなった。 これらの研究は、2報の学術論文として公表し、さらに、もう1報が審査中である。 今後は、本研究で得た材料を用いて遺伝分離集団を作成し、QTL解析および、高温耐性マーカーの開発、さらには高温耐性機構の分子生物学的解明を行う。
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