研究課題
相模湾で採集し、48時間の摂餌馴致を行ったカイアシ類Calanus sinicusを用いた飢餓実験を行い、RNA-seqで得られたデータのde novoアセンブリの結果、タンパク質をコードすると予想される84,095配列が再構築された。再構築された配列のうち、摂餌区と絶食区で発現量が有意に異なる配列(多重検定補正後p値<0.01、発現差≧2倍)は16配列だった。このうち11配列は飢餓区で増加し、5配列は減少していた。発現差のあった配列でBLAST検索を行い遺伝子領域の推定を行った結果、飢餓区で発現量が増加または減少した配列のうち、それぞれ6,3配列で既知配列との相同性が認められた(E Value<1.0E-5)。相同性のある既知配列の機能から飢餓応答に特に関与すると考えられるのは、Vitellogeninタンパク質をコードすると推定される配列であった。この配列を対象として定量PCR法で遺伝子発現量を測定した結果,摂餌区ではほぼ一定の値で推移したものの,飢餓区では全ての飼育期間で減少していた。絶食12hでVitellogenin遺伝子の発現量は大きく減少し、その後は非常に低い値で推移した。また、同時に測定した卵生産では、絶食12hで産卵数の明瞭な減少傾向は見られなかったものの、絶食24hではほとんどの個体が産卵せず、産卵した個体も産卵数はわずかであった。絶食72hでは全ての個体が産卵を行わなかった。以上の結果より、飢餓環境下でC. sinicusのVitellogenin遺伝子の発現量は低下し、それに伴う産卵量の減少が示された。Vitellogenin遺伝子の発現量がC. sinicus雌成体の飢餓および卵生産の指標の一つになる可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
昨年度までは、飢餓実験およびバイオインフォマティクスの手法の確立が中心であったが、28年度は、ようやく飢餓区と対象区の差を検出し、発現に差があった配列のうちVitellogeninは、卵生産を指標するタンパクであり、飢餓との因果関係も明白であり、実験と解析手法が適切であったことが強く示唆される。最も大きな改善点は、48時間の摂餌馴致期間を設けたことである。採集直後はストレスに関連するタンパクの発現が顕著で、24時間程度でそれが収まることを見出し、馴致期間を設け対象区との差を出すことができた。この改善によって、目的とする成果を得ることができ、今後の実験の展望が立った意義は極めて大きい。また、採集直後のストレスタンパクの発現と、経時的な収束は、今まで行われてきた動物プランクトンを用いた摂餌などの生理活性の測定が、採集後、比較的に短い時間の中で行われてきたことを考えると、きわめて警鐘的な重要な発見であるといえる。
本年度は、飢餓区と対象区で差があった16配列が見いだされたが、r-PCRで、挙動が確認されたのはVitellogeninのみにとどまった。Vitellogeninは卵黄タンパク前駆体であり、この配列が飢餓のマーカーとして使えるにしろ、雌成体のみにしか使えない。したがって、未成熟個体個体にも使えるマーカーや、飢餓の程度を指標するマーカーの探査を、今回得られた15配列、および繰り返し実験による新たな配列の探査を行う。それとともに、各配列に対してrPCR用のプローブ、プライマーを設計し、時系列を明らかにし、適切なマーカーセットを絞り込む。さらに、これらのプローブ、プライマーを用いて、現場海域における飢餓の有無を検証する。また、休眠に関しては、親潮域で採集したNeocalanus属カイアシ類(N.cristatus,N. plumchrus, N. flemingeri)に関して、深層休眠個体と表層非休眠個体のそれぞれから、mRNAのcDNAを得て、現在解析中であり、来年度に、アッセンブリや発現差解析を行う予定である。
Hidaka et al. (2016)は2017年度日本プランクトン学会論文賞を受賞
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件) 学会発表 (11件) (うち国際学会 7件、 招待講演 4件) 備考 (1件)
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