研究課題/領域番号 |
15H04546
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
酒井 隆一 北海道大学, 水産科学研究院, 教授 (20265721)
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研究分担者 |
東田 千尋 富山大学, 和漢医薬学総合研究所, 教授 (10272931)
及川 雅人 横浜市立大学, 生命ナノシステム科学研究科(八景キャンパス), 教授 (70273571)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ポリアミン / グアニジンアルカロイド / 膜透過 / 分子送達 / トロンボポエチン / 糖鎖 / ビオプテリン / グルタミン酸受容体 |
研究実績の概要 |
Didemnidae科ホヤには硫黄原子を多数含むドーパミンアルカロイド(PDA)産生するものがあるが、今回PDAの一種で、ペンタサルフェン環をもつリソクリバディン14が生合成中間体として多量化し、多様なPDAの生成を示唆するデータを得た。これは、複雑かつ多様なホヤのPDAの生合成が実は、ドーパミンの酸化反応、メチル化、分子硫黄との結合、そして多量化の数段階の代謝過程で生成し得る新規の生合成仮説である。今回、パラオ産のスナギンチャクEpizoanthus illoricatusより得られたグアニジンアルカロイドKB343の絶対立体構造を決定した。本化合物はその特異な構造と生理活性から水溶性であるにもかかわらず細胞膜を透過しうる特異な機構があると考えている。函館産のホヤCnemidocarpa ireneは芳香族化合物の宝庫であるが、今回、新規11種、既知4種計15種の芳香族化合物の単離・構造決定を終了した。このホヤの血液はβ-カルボリン化合物により蛍光を発したが、分離血球に含まれる蛍光物質はビオプテリンの誘導体であった。さらにマウスに対して特有の行動を引き起こす化合物を単離したところ、グルタミン酸受容体に特異的に結合する新規ビオプテリンを見出した。ポリアミンペプチドであるアーキュレイン(ACU)のN-末端アミノ酸pACU-B保護体の全合成に今回初めて成功した。ACU-Aは特異な溶血活性を有しているので生体膜に特異な作用を持つと予測されたが、今回ACU-Aが分子量10Kd の蛍光色素を細胞内に送達することを見出した。また、海綿由来のAB毒素であるSORが細胞表面の分子を足場に細胞内に侵入し徐々に核内に移行してゆく様子を蛍光顕微鏡で捉えることに成功した。さらに、トロンボポエチン様の作用を持つタンパク質ThCは、トロンボポエチン受容体の糖鎖を介して活性化することを立証した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
29年度の研究では当初の目論んだように芳香族小分子に興味深い神経活性がある可能性が示唆された。単離された化合物のシナプス受容体を用いた評価を行う必要がある。特にホヤ由来の神経活性ビオプテリン誘導体の発見は、ビオプテリン代謝と神経疾患の関連を示唆する全く予期しなかったもので、今後神経生理学との連携で推進すべきテーマとなった。リソクリバディン類はホヤ特有の含硫黄ドーパミンでその生合成に関して知見がほとんどなかったが、今回初めて生合成仮説を提案するきっかけを得た。この発見は偶然のものであるが、新規であり面白い進展が期待できる。KB343に関しては絶対立体構造決定を終了し、論文投稿中である。関連化合物の単離と構造決定は現在進行中で最終年度での進捗を期待している。KB343の蛍光プローブ化を行ったが天然物が微量であったため実験の進捗は遅れた。今回100㎎の化合物を得たので、活性発現機構に関する実験の準備ができた。ACU-Aの特異な溶血性に注目し、細胞内への物質取り込みを行ったところ10kDの物質の取り込みに成功し、ACU-Aが送達体として利用できることを示唆した。この結果は今後海洋生物に多いポリカチオン化合物の利用へと進展してゆくだろう。また今回pACU-B保護体の全合成に成功したことから、「ACUの全合成」というテーマの可能性が見えてきた。海綿のAB毒素SORの核移行能に関しては計画通りの進捗で、高分解能の顕微鏡画像が得られた点が大きな成果である。また、トロンボポエチン受容体の作動薬タンパク質ThCの活性が糖鎖を介するものであることを立証できたことから、今後は発現タンパク質を用いてその機構の詳細を検討する礎ができた。これらの成果の論文化を着実に行うのが課題である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究で得られた成果は多岐にわたるが、今後の研究を立案し推進すべき斬新な結果が多数得られている。特に、SOR、ACUといったペプチド・タンパク質毒素は水溶性であるにもかかわらず強い生理活性を発揮するため、自らを細胞内に送達していることが今回の研究の結果で明らかになった。また、ACUのように周囲の分子を取り込んで膜を透過させるものもある。これらの機構を明らかにし、どのような分子を細胞のどこに送達できるのかを調べることは薬物送達の観点から急務の課題である。例えばSORのように核内に物質送達する化合物を輸送体として利用することで遺伝子や抗体、酵素等を細胞外から核に持ち込むことができる。そのような送達体を目指した分子の発見や創製が本研究の目指す方向性の一つである。また、本研究で得られた低分子化合物にはマウスに対して特異な行動を引き起こすものがある。特に新規ビオプテリン誘導体は脳室内投与で難病のジストニアに類似した行動を誘発した。今後は1次代謝物であるビオプテリンの代謝が脳疾患に関わっている可能性を追求して行きたい。ホヤの血液や血球に高濃度に含まれる蛍光物質の生理作用は、ホヤの不思議な生理を調べる観点から興味深い発見である。当面はこれらの化合物の生合成に関与する遺伝子や、結合タンパク質などを調べる考えである。本研究ではさらに、海綿のタンパク質がサイトカイン受容体を糖鎖を介して活性化している可能性を示したが、この機構を探ることは細胞間シグナリングと糖鎖の関係を詳らかにすることにつながり、細胞生理上きわめて緊急性の高い課題であると認識している。これらのタンパク質の作用機序の解明には発現タンパク質を用いた構造や作用解析を行う必要があるため、現在新しい共同研究体制を構築し研究の推進を図っている。今後この知見を活かし海洋生物の機能性物質をさらに発見してゆく予定である。
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