研究課題
粒子状物質は呼吸器に蓄積して発がんや線維化などの健康障害を起こす。その過程には炎症が初期のイベントとして重要な役割を果たすと考えられる。マイクロRNA (miRNA)は遺伝子発現を抑制して種々の生命現象に関わるとともに、サイトカインなどによる炎症性シグナルとクロストークすることにより、疾病発症の鍵を握ると考えられる。今年度の成果は以下の通りである。1)インジウム化合物(酸化インジウムおよびインジウム・スズ酸化物)を気管内投与したラットの肺組織よりRNAを抽出してマイクロアレイ解析およびリアルタイムPCRを行った。その結果、インジウム化合物によりヒト肺癌の発症に関わるmiR-21やmiR-183などの発現量が有意に増加した。データベース解析と文献検索から、これらのmiRNAは複数のがん抑制遺伝子や臓器の線維化を抑制する遺伝子の発現を制御していると考えられた。特に、miR-21は炎症や発がんに関わるプロスタグランジンE2の分解酵素HPGDの発現を抑制すると考えられ、miRNA発現がインジウム化合物による炎症反応を誘導する可能性を示した。2)石綿(アスベスト)を気管内投与したマウスの肺組織では、miR-21の発現量が有意に増加し、遺伝子および蛋白レベルでがん抑制遺伝子PDCD4およびRECKの発現を抑制することを明らかにした。その傾向は特にクリソタイル(白石綿)で顕著であった。3)多層カーボンナノチューブは肺上皮細胞を傷害して核蛋白HMGB1とDNAを放出させ、近傍細胞のToll-like receptor (TLR) 9の活性化を介して炎症反応と遺伝毒性を誘導する新たな発がん機構を報告した(Part Fibre Toxicol 2016)。上記の研究で明らかにしたmiRNAや炎症関連分子は、粒子状物質による疾病のリスク評価指標および予防・治療の標的になり得る可能性が期待される。
2: おおむね順調に進展している
今年度は、粒子状物質の曝露により誘導されるmiRNAとその標的遺伝子候補を実験動物レベルで多数明らかにしている。特に、インジウム化合物はmiR-21の発現を増加させ、炎症性シグナルとクロストークする可能性を示す興味深い知見を得ている。この知見は分子疫学研究に応用できる重要な成果と考えられ、本課題の研究が今後さらに進展する可能性が期待できる。
今年度得られた成果を基盤として、今後は以下の研究を行う予定である。miRNAによる標的遺伝子候補の発現や炎症反応の制御に関しては、実験動物レベルで得た知見について、培養細胞レベルの実験を行って確認する。分子疫学研究については、インジウム化合物の曝露を受けた労働者の血清を用いて、miRNAに加えてプロスタグランジンなどの炎症関連分子を解析対象に含め、miRNAと炎症反応のクロストークをヒトレベルで実証する。これらの実験研究と分子疫学研究を通じて、粒子状物質による疾病発症のメカニズムを解明し、miRNAおよび炎症関連分子が疾病のバイオマーカーとして応用できる可能性を明らかにする。
すべて 2016 2015 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 3件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 4件、 謝辞記載あり 5件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 1件) 備考 (1件)
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http://www.medic.mie-u.ac.jp/eiseigaku/