本研究では肝臓の糖・脂質代謝において長年pathogenic paradox”とされている「選択的インスリン抵抗性」の分子機構の解明を目的とした。肝臓は肝小葉と呼ばれる最小基本単位から構成されるが、決して均等に代謝作用を担っているわけではなく、門脈側と中心静脈側で領域特異性があることが知られ、これはmetabolic zonationと呼ばれる。我々はこの代謝の領域特異性に着目し、門脈側と中心静脈側におけるインスリン受容体基質(IRS)を介するインスリン伝達障害の程度の違いが“インスリン作用におけるpathogenic paradox”を説明するのではないかという仮説を立て、2型糖尿病の肝臓において、なぜ糖新生抑制に対するインスリン作用は障害され、脂肪合成に対するインスリン作用はむしろ亢進するのか、その分子メカニズムを明らかにした。平成29年度は平成28年度の解析結果を踏まえて、2型糖尿病・肥満モデル動物を用いて肝臓IRS-2の糖代謝・脂質代謝における病態生理的役割について検討した。我々は既にIRS-2の発現がob/obマウスの肝臓において顕著に低下していることを確認していた。そこで、IRS-2をコントロールマウスと同じレベルにまでアデノウイルスベクターを使用して、肝臓全体にあるいは門脈側特異的(APCプロモーター下)に戻した時に、全身・肝臓のインスリン抵抗性、耐糖能異常が改善するかを検討した。残念ながらAPCプロモーターを用いたIRS-2アデノウイルスベクターでは門脈特異的にIRS-2を発現させることができず、肝臓全体でのレスキューとなったが、IRS-2の過剰発現は糖・脂質代謝を改善することを見出し、高インスリン血症によるIRS-2の発現低下が病態形成に重要な役割を果たしていることを証明した。
|