研究課題
7番染色体長腕(7q)欠失は骨髄異形成症候群(MDS)、なかでも予後不良のRAEB(Refractory anemia with excess blasts)の15%に認められ、しばしば単独の染色体異常である。当研究室は、7q-に焦点を絞り責任遺伝子単離を試みてきた。その結果、4つの責任遺伝子の同定に成功した。MikiとCG-NAPは、分裂期における中心体成熟に必須の蛋白質である。その欠失は分裂前中期の著明な延長をもたらし、7q-を伴うRAEBの核形態異常と染色体不安定性の原因と見られる(Mol. Cell 2012)。Samd9とSamd9Lは、初期エンドソームに局在する関連蛋白質で、その欠失はエンドソームどうしの融合を抑制し、リガンド結合サイトカイン受容体の代謝を遅延させてサイトカインシグナルの増強をもたらし、MDSを発症させる(Cancer Cell 2014)。いずれも片アレル欠失不全(haploinsufficiency)でMDSを発症させると考えられる。今年度、この研究費では、特にSamd9/Samd9Lに焦点を当て、MDSの本質的な病態である無効造血や骨髄系細胞の異型性が生じる分子メカニズムを解明した。特に最近、Samd9/Samd9Lの(おそらく)機能獲得型の点変異が、造血障害とモノソミー7を伴う骨髄性腫瘍を呈する常染色体優勢遺伝形式をもった二疾患(MIRAGE症候群とAtaxia pancytopenia症候群)に関与するとの報告が相次いだため、Samd9/Samd9Lのエンドソーム交通制御のメカニズムやMDS細胞における細胞骨格シグナル異常の解析を目指し、実験系の確立を行なった。
1: 当初の計画以上に進展している
Samd9/Samd9Lのエンドソーム交通制御における検討では、ビオチン標識による細胞表面、エンドソーム、リサイクル受容体の個別の定量を行なったところ、Samd9/Samd9Lはサイトカイン受容体のリサイクルを抑制することが明らかとなった。これはSamd9/Samd9Lの発現低下が細胞増殖に有利に働くことや、その(おそらく)機能獲得型の変異が増結障害を引き起こすことと矛盾せず、大きな研究の進展であると考えられた。また、遊走能では、wound healing assay(細胞をコンフルーエント状態まで培養し、イエローチップの先端などで傷を付け、傷周辺の細胞が遊走して間隙が埋まる様子を観察)を行って得られた成果、すなわち本来は、細胞は「まっしぐら」に遊走して効率よくギャップが埋まるのに比較して、Samd9L+/-細胞は、遊走速度は変わらないものの、遊走方向が定まらない現象の原因となる分子メカニズムの解明を進めた。その結果、ファロイジン染色でアクチンのストレスファイバーを観察しても、その形成には確たる異常が見られないことから、Samd9Lは遊走方向のコントロールを行うことが推察された。そこでSamd9/Samd9Lに結合するたんぱく質を質量分析器で解析したところ、アクチンリモデリングやキャッピングに重要なたんぱく質を同定した。分子レベルでの検討はこれからであるが、これまでアクセルの相当する遊走速度の低下は色々な遺伝子の欠損で認められているが、ハンドルに当たる遊走方向の制御に関する知見は乏しく、本研究は細胞遊走研究のブレークスルーになる可能性がある。
上記の所見を糸口に、Samd9/Samd9Lがエンドソーム交通制御や細胞遊走で果たす機能を解析する。特に、造血障害や小脳失調、副腎皮質機能低下などの病態を呈する先天性疾患で認められたSamd9/Samd9Lの点変異を細胞に導入し、Samd9/Samd9LのEEA1/Rab5複合体内やアクチンリモデリング・キャッピング複合体での結合状態の解明をおこなう。次に、Samd9/Samd9L欠損細胞や過剰発現細胞を用いて、Rho/Rac経路の重要因子の修飾状態を生化学的に分析し、Samd9/Samd9Lの生化学的な機能を解明する。また、Samd9L欠損マウスから発症したMDSの全エクソンシーケンス解析からRho guanine nucleotide exchange factor 7など3つの伝達因子の変異を同定しており(Cancer Cell 2014)、これらの因子の機能解析や点変異によるシグナル変化の同定を行って、MDSを発症させる細胞骨格シグナル伝達経路の異常を解明する。最終的なゴールとして、Samd9/Samd9Lが造血ニッチの中での造血細胞の振舞いに与える影響を、多光子励起顕微鏡を用いたアッセイ系を確立して解析することを試みたい。
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Sci. Rep.
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Blood
巻: 6 ページ: 20157-20157