研究課題
長寿命社会を実現した我が国では、高齢者の運動機能の維持が大きな社会問題となっている。なかでも、「寝たきり」は高齢者のQOLを低下させるだけでなく、介護者の過酷な負担、社会保障費の急激な増大をもたらしている。この「寝たきり」の原因は、筋肉の萎縮・拘縮である。我々は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と共同で、筋肉の萎縮・拘縮を防ぐには、メカノセンサーであるミトコンドリアの機能回復が必須であることを見出した。本研究では、無重力や寝たきりなどUnloadingによる筋肉の萎縮から拘縮に到る分子メカニズムを解明し、ミトコンドリアの機能回復を可能とする機能性食材の摂取と併用する新規リハビリテーション法の有効性を実証した。具体的には、以下のことを明らかにした。１．筋萎縮には、ミトコンドリア関連小胞体(Ｍａｍ)部位から発生する酸化ストレスが重要な働きをしていることを見いだした。この酸化ストレスは、EGR転写因子を介してユビキチンリガーゼCbl-bの発現を高める。Cbl-bはIGF-1による筋増殖シグナルで重要なIRS-1をユビキチン化し分解を亢進する。その結果、筋の容積を減弱させた。一方、酸化ストレスはTCA回路のアコニターゼの不活化し、ミトコンドリア断裂と遅筋タイプMysin重鎖分解を促進した。その結果、筋線維タイプが遅筋型から速筋型に変化した。２．国際宇宙ステーション（無重力環境、宇宙放射線曝露環境）で培養した筋細胞では、筋萎縮に関連する遺伝子の幾つかに転写ミスが起こることを世界で初めて発見した。
2: おおむね順調に進展している
研究実績の概要に示した１）については、現在論文を投稿中である。２）についてもほぼ実験を終え、現在論文を執筆中であるので、ほぼ計画通りに研究を進行できていると判定した。
１．MAMの構造異常とミトコンドリア代謝異常の連関：寝たきりモデル動物の萎縮筋または拘縮筋からの(生検)サンプルのカルシウムシグナルやリン酸代謝を解析する。培養筋細胞では、MAM構造の異常とMAMに多く存在するカルシウムチャネルの活性化との相関を分子レベルで解析する。機能障害(膜電位の下がった)ミトコンドリアは、鉄シャペロンであるフラタキシンや酸化ストレス抑制作用のある UCP３の過剰発現により回復するので、これらの強発現がMAM構造に与える影響を解析する。逆に、モデル動物の萎縮筋または拘縮筋にカルシウムキレート剤、抗酸化剤を投与し、ミトコンドリアの機能異常が起こるかどうか、Mitofusin-2のリン酸化やユビキチン化がどうなるかを解析する。２)のリハビリテーションとの併用療法を探る鍵となる知見を得る。２．分子リハビリテーションとマクロリハビリテーション：リハビリテーションを積極的に行っている患者とあまり行っていない患者の大腿四頭筋生検サンプルのMAM構造を解析する。リハビリテーションが実際のミトコンドリア機能回復に寄与しているかどうかを確認する。お年寄りが寝たきりになる原因疾患としては、骨折が最も多い。ギプスを装着している約 1 ヶ月の間は、骨折した箇所の筋肉に対してはリハビリを施しようがない。この間のMAMの構造変化を１の抗酸化栄養素などで予防することができれば、ギプスを外したあと直ぐにリハビリテーションが可能となる。そのような栄養療法とリハビリの併用療法のプログラムを開発する。３．MAM構造異常と転写異常：平成 ２８ 年度の解析を引き続き行うとともに、寝たきり患者とそのモデル動物の萎縮筋または拘縮筋サンプルのトランスクリプトーム解析を実施し、無重力による転写の読み間違いが地上でも再現できることを確認する。
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