本研究の目的は、海外に流行するMRSA株において、psm-mecの変異の有無と病原性の関係性を解明することである。昨年度までに、タイ王国の北部および中央部において102株のMRSA株を収集し、その中にpsm-mec遺伝子が欠失または変異している株が存在することを見出した。さらに、psm-mec遺伝子が欠失または変異している株においては、溶血毒素の産生量が上昇していることを見出した。本年度の研究においては、タイ王国で分離されたMRSA株の遺伝的背景が日本で分離されたMRSA株と異なるかについて検討を行った。 プロテインAをコードするspa遺伝子の塩基配列のパターンを決定することにより、ゲノムの背景についての検討を行った。その結果、spaの塩基配列のパターンはタイ王国のMRSAと日本のMRSAとの間で全く異なっていることが判明した。次に、psm-mec遺伝子を含む染色体カセットであるSCCmecの型についての検討を行った。解析の結果、野生型のpsm-mecを含むSCCmecは、タイ王国のMRSAと日本のMRSAとの間で異なる型であった。一方、変異型のpsm-mecを含むSCCmecは、タイ王国のMRSAと日本のMRSAとの間で共通していた。psm-mecが欠失しているSCCmecの型は、タイ王国のMRSAと日本のMRSAとの間で一部が共通していた。以上の結果は、ゲノムの背景とは無関係に、psm-mecの変異がMRSAの毒素産生上昇の原因となっていることを示唆している。さらに、psm-mecが変異、または欠失しているSCCmecの型には、タイ王国のMRSAと日本のMRSAとの間である程度の共通性が確認されたことから、psm-mecの変異や欠失は頻繁に起きるわけではなく、psm-mecを含む特定の型のSCCmecが様々な遺伝的背景のMRSAの中に伝播していると推定される。
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