研究課題/領域番号 |
15H05315
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
牧野 泰才 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 講師 (00518714)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 身体性 / 行動誘導 |
研究実績の概要 |
本年度は,主に以下の3点の研究を行った. 1点目は,ジャイロ効果を利用した四肢の回転制御である.手首や足首に回転円盤を装着し,四肢の振り上げ,振り下ろし動作に伴って生じるジャイロモーメントを利用し,四肢の回転動作誘導を実現した.このようなデバイスにより,腕や脚においてどの程度の回転が生じるか,また回転円盤の回転数を変化させることで,どの程度回転角度の制御が行えるか等を検証した. 2点目は,空中にて非接触で触刺激を与えた際に,どの程度動作指示を行えるかの検証である.手のひらを下向きにして空中に静止させた状態で,超音波の音響放射圧を用いて非接触の触感を提示し,それを前後左右上下にランダムに動かした際に,どの程度その動きに追従できるのかを調べた.その結果,前後左右については,どの方向に動かすべきか,どこで止めるべきかといった情報を触覚のみで提示可能なことを確認した.超音波を用いた触覚提示は非接触遠隔で可能なため,既存の作業スペース等に設置し,各種動作の指示を,非装着で行える可能性がある. 3点目は,空中超音波の触覚刺激によるラバーハンド錯覚の検証である.ラバーハンド錯覚は,ゴム手を実際の手の横に置き,自分の腕を見えないように衝立を置いて触刺激をそれぞれの手に同期して提示すると,あたかもゴム手が自分の手のように感じられるという身体性の遷移する錯覚である.このとき,不可視の触刺激を利用すれば,自分の手が見えている状態であっても,この錯覚が強く生じるのではないかと考えた.このような身体性についての理解を深めることは,どこまでの身体動作を能動的に行い,どこからを受動的に誘発できるか,という点を理解するのにおいて重要であると考えている.本実験では,不可視の触覚刺激により,ラバーハンド錯覚が生じること,一方で,手が三本あるような感覚がより大きくなるなど,新しい知見が得られた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
これまでの研究により,腕の屈曲や旋回動作の誘発について,実現可能なデバイスを提案できた.また,視覚刺激を用いた動作指示に対する反応と比べ,触覚を介して刺激を与えるとその反応速度が早くなる可能性も発見された.このあたりは,当初の計画以上に進展していると考えている. 脚のつま先の回旋誘導については,想定していたものに比べ,ほとんど誘導が行えないという結果が得られた.これは,行動誘導の実現という観点からは否定的な結果ではあるが,一方で人の行動がある程度ロバストに制御されていることを示す結果であり,人の行動を誘導・制御する場合には,適切なタイミングで刺激提示を行う必要があることを示唆する結果である.今後の研究方針に詳細を述べるが,この適切なタイミングや部位を把握するために,人の行動の現況を推定し,少し先の状態を予測する手法を取り入れることで,より精密な行動誘導が可能になると考えている. 昨年度まではウェアラブルデバイスによる行動の誘導をメインで考えていたが,本年は遠隔的な環境型の触覚提示装置との併用による,非装着での行動誘導の可能性を検討した.歩行のような,移動を伴う動作についての行動誘導はウェアラブルデバイスによるものが適しているが,一方でデスクワークのような,一つの場所にとどまって行う作業時に,作業手順等を触覚を介して誘導するような場合には,非装着で環境型のデバイスを利用するのが望ましい.本年度はその可能性を示せたものと考えている. 一点,当初の計画よりも進捗が遅れているのが,ウェアラブルデバイス用のアクチュエータとしての,静電モータの開発である.放電を起こさないようにしながら,十分な駆動力を生成する部分の設計が難しく,実際のデバイス開発に応用できていないのが現状である.すでに動作するアクチュエータは出来ているため,これを活用した触覚提示と行動誘導を本年度は行う予定である.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究より,行動の誘発が行いやすい動作・状況があることが分かってきた.例えば歩行時につま先の角度を誘導しようとした場合,たとえ手首で十分な回旋動作を生じさせられるような回転力を提示する刺激であっても,足首ではそこまで大きく回旋しないことがわかっている.これは,外乱に対して頑健な,歩行のような動作については誘導が難しいという可能性を示唆するものである.このことを考えると,行動の誘導には,現在の行動状況の理解と,近い将来における行動の予測とが必要であり,それらの情報を組み合わせることで,適切なタイミングで適切な行動の誘発が行えるものと考えている. この考えに従い,今後は行動の誘導を適切に行うための情報として,行動予測を機械学習により行うことを考えている.例えば一定のリズムで歩行している際に急に右や左に動くような指示を出すことを考えると,脚を振り上げたタイミングか,振っている最中か,あるいは着地する瞬間か,また,その遊脚にたいして指示された方向は同側かどうか,等の条件により,リアクション可能な行動範囲や反応時間が大きく異なることが予測される.このような現状の推定と,その状態から次に遷移可能な状態の予測を行動誘導に組み合わせる.現状では,Kinectなどの3次元情報計測センサと組み合わせ,四肢の動作や重心の推定と,少し先の状態の予測を機械学習で行うことを考えている.最終的には,これまで開発してきた行動誘発デバイスと組み合わせることで,人の進行方向を適切なタイミングで左右に誘導したり,ということにつなげていきたい. またこれらとは別に,昨年度解明しきれなかった,触覚刺激を加えることによる反応速度の向上のような心理物理実験や,高効率な静電アクチュエータの開発等についても,引き続き取り組む予定である.
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