前年度までに、鉄不足が生体に及ぼす影響を明らかにする目的でマウスを対象とするトランスクリプトーム解析を行ったが、本年度は鉄過剰のリスクについての検証を行った。鉄は臓器に過剰に蓄積することで、Fenton反応を介して臓器に傷害を与える。貧血時に処方される鉄剤の過剰摂取や、日常的な高鉄含有食品の過剰摂取により、生体内が鉄過多になる可能性は無視できないにも関わらず、鉄過剰摂取に関する研究の多くが通常食の数百倍という非日常的な鉄添加量で実施されており、日常的に摂取可能な量の過剰摂取の安全性評価の研究例はほとんどない。これまでに鉄過剰食をラットに与え、肝臓の遺伝子発現が変動することを見出し、日常的に起こる鉄過剰摂取においても、生体が応答し、健康リスクが生じる可能性を強く示した。一方、トランスクリプトームレベルにおける鉄不足への応答についてラットとマウスで異なる点が見出されており、鉄過剰摂取への応答も生物種により異なる可能性が考えられたため、マウスを対象とした鉄過剰食摂取実験を実施した。マウス肝臓中鉄量は、ラット同様に鉄過剰食群で有意に高く、食餌からの鉄過剰摂取においても肝臓における鉄蓄積量増加を引き起こすことが確認された。肝臓のトランスクリプトーム解析において顕著に変動する遺伝子に着目したところ、その機能は栄養素代謝、免疫応答等、多岐に亘ることが明らかになったが、個々の変動遺伝子についてはラットと相違点があった。これまでに実施した鉄不足の結果と総合的に解釈すると、食餌性鉄不足あるいは過剰における表現型は同様であっても、体内鉄量の違いへの応答には生物種による差があると考えられた。また、本研究においてはmicroRNAの変化にも着目したが、これまでに鉄量の違い(不足や過剰)に応答するとの報告のないmicroRNAの前駆体の変動が示唆される等、新規の知見も得られた。
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