本研究では,代謝過程の担い手である酵素の機能を,機能性の有機小分子とタンパク質の組み合わせを利用して秒~分の単位で制御する合成生物学のツールを開発し,代謝経路の異常によって疾患が引き起こされるまでの代謝ダイナミクスの理解を実現する新たな方法論を確立することを目的として進められてきた. この目的の下,(1) 酵素の基質に摂動を与える方法,(2) 酵素の機能自体に摂動を与える方法の両面からの方法論の開発をおこなった.(1) については,細胞外基質濃度の変化に対する細胞の応答の様子から生細胞の代謝活性の違いを明らかにするpathway-oriented assay法という概念を確立し,これを用いて癌細胞で亢進の見られる代謝活性を複数見出すことに成功した.本手法の応用は,癌特異的な代謝経路の発見だけにとどまらず,これを高スループットのスクリーニング系へと展開し,癌特異的代謝経路を制御する新たな抗癌剤候補化合物の取得にも成功した.これらの方法論の一部について特許出願をおこない,また,現在得られた主要な成果をまとめて論文投稿準備中となっており,代謝に基づく疾患の理解と制御に広く利用可能な本概念・手法の確立は,少なからぬインパクトを与えるものであると期待される.(2) については,有機小分子を利用したタンパク質の局在変化を可能とする実験系を用いて,様々な物質代謝に関わるタンパク質の細胞内挙動を変化させる実験を開発し,各種摂動が細胞に与える影響について観察をおこなった.これらのうちから,特に癌における物質代謝の変化について,細胞内の代謝反応の局所性の変化が強く関わっていることを示唆する非常に興味深い知見が得られた.今後,この知見を,新学術領域研究「分子夾雑の生命化学」公募研究へと引き継ぎ,癌の代謝異常の本質的な理解を目指す研究へと展開していく.
|