研究課題
本研究課題の目的は、独自に開発してきた電子伝導計算理論「時間依存波束拡散法」を発展させ、プリンテッドエレクトロニクスなどの次世代デバイス材料として期待される低分子系および高分子系有機半導体の未知な伝導機構を解明し、定量的にその移動度等を予測することである。そのためには、分子振動が引き起こす電子の散乱機構をなるべく精密に取り入れる必要があるにも関わらず、従来、国内外で行われてきた低分子系有機半導体の電子伝導計算においては、分子を剛体として扱い、その重心移動しか考えない極めて粗い近似のものがほとんどであった。そこで当初の予定通り、剛体分子近似ではあるが分子の重心移動だけでなく、回転運動も考えることが出来るGay-Berneポテンシャルを用いた分子振動計算(分子動力学計算)にチャレンジしてきた。しかし、このポテンシャルでは有機半導体の結晶構造を再現できなかったため、古典力場による基準振動解析を行い、この基準振動モードを熱的重みをかけて足し合わせることによって有限温度による分子振動を再現する方法を採用した。さらに移動度を評価する計算式そのものも改良することにより、昨年の計算よりも格段に精度良く低分子系有機半導体の移動度を定量的に計算することに成功した。具体的には、例えば、ルブレンやペンタセンの室温における移動度の実験値は最大でそれぞれ40cm^2/Vs、6cm^2/Vs程度である。昨年の計算結果は、ルブレンが約200cm^2/Vs、ペンタセンが約70cm^2/Vsとかなり過大評価する傾向にあった。本年度では、ルブレンで68cm^2/Vs、ペンタセンで2.6cm^2/Vsと実験値を精度良く再現できている(2017年3月の物理学会、応用物理学会で報告済)。現在、他の様々な低分子系材料でも実験結果を再現できるかの検証を進めている。
3: やや遅れている
当初の予定では、Gay-Berneポテンシャルを用いた剛体分子動力学法の導入によって、低分子系から高分子系有機半導体の伝導物性を計算することを目指していたが、Gay-Berneポテンシャルでは、低分子系の有機半導体の結晶構造を再現できず、基準振動解析に基づく方法へと方針転換したため計画より遅れている。
現在、基準振動モードを用いた低分子系有機半導体の伝導計算法は確立されつつある。これを用いた移動度の定量的評価は当初の予想以上に精度が良いことも確認できつつある。今後はさらに、適用分子を増やし、なるべく多くの実験結果と比較検討することで、計算法の妥当性をチェックする。ただし、この方法を低分子系よりも非調和効果が大きいと予想される高分子系へそのまま適用できるかは不明なので、高分子系に関する分子振動の取扱いについても同時並行で調べていく。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件) 備考 (1件)
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http://www.bk.tsukuba.ac.jp/~ishii/