本研究課題の目的は、独自に開発してきた電子伝導計算理論「時間依存波束拡散法」を発展させて、次世代デバイス材料として期待される低分子系および高分子系有機半導体の電子伝導物性(移動度等)を原子レベルから定量的に予測する方法を確立することである。 室温付近における有機半導体の電気伝導物性は、分子振動との相互作用で決まる。しかし、これまで国内外で行われてきた理論研究では、固体物理学でよく議論される単純な音響フォノン(格子振動)による影響しか考えていなかった。実際の有機半導体は固体物理学が想定している無機半導体よりも柔らかい。その分子振動は複雑で単純な音響フォノン以外に無数に存在する。本研究課題では全原子系の基準振動解析を用いて、全ての分子振動を考慮した電子伝導計算を可能にさせた。 また別の問題として、これまで先行研究では、電子の拡散距離から移動度を見積もる方法と、電子の速度相関関数から移動度を見積もる方法の2通りが良く使われてきた。しかし2つの方法は決して同じ結果を与えず、伝導機構の理解の妨げになってきた。本研究では分子振動が支配的な有機半導体では、後者の方法のみが正しい移動度を与え、前者の方法を用いると移動度を過大評価してしまうことも理論的に明らかにした。 上記の改良を施した計算理論を、代表的な低分子系有機半導体(アセン系、BTBT系、DNTT系など)に適用し、移動度の温度依存性などの計算を行ったところ、実験で報告されている移動度の温度依存性を定量的に非常によく再現できていることを確認した。また同様にして結晶性高分子系有機半導体であるPBTTTの室温での移動度も調べた。この結果も実験と同じオーダーで移動度を見積もることができた。このように「時間依存波束拡散法」は低分子系および高分子系有機半導体の電子伝導物性を解析・予測できる計算理論として確立することができた。
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