研究課題/領域番号 |
15H05435
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
高橋 博樹 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 准教授 (00467440)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 力学系 / カオス / 分岐 / エルゴード理論 |
研究実績の概要 |
1.「相転移」とは統計力学の概念であり、相互作用粒子系が含む温度などの巨視的パラメーターの変化に伴う平衡状態の質的な変化を指す。一方で「分岐」とは力学系理論の概念であり、パラメーターの連続な変化に伴う力学系の定性的な構造の不連続な変化を指す。「相転移」と「分岐」、似て非なるこれら二つの概念を thermodynamic formalism により部分的に統合し、「分岐による相転移の除去」が可能であることをエノン写像に対して示した。この結果はすでにJournal of Statistical Physicsに受理され、国内外のいくつかの研究集会でも講演済みである。 2. 最初の分岐パラメーターでのエノン写像のダイナミクスの解析をさらに押し進め、極大不変集合の近傍からのエスケープ率が指数的であることを確認した。開放系のエスケープ率は、力学系にある程度の双曲性があれば指数的であり、その指数はエントロピーとリャプノフ指数の差で表すことができる、というEckmannとRuelleの予想がある。彼らが予想する公式はエノン写像についても成り立つと思われるが、これを証明するには至っていない。 3. 区間力学系の大偏差原理について、鄭容武氏(広島大学)とJuan Rivera-Letelier氏(University of Rochester, 米国)との共同研究を引き続き行い、きわめて弱い条件の下で大偏差原理の成立を主張する決定的な結果が得られた。論文にまとめ、現在は国際学術誌に投稿中である。 4. 平坦な臨界点を持つ区間力学系のエルゴード理論の構築に着手した。まず、リャプノフスペクトルを不変確率測度の特性量を用いて表す公式を導き、平衡状態の存在と一意性、およびその統計的性質と圧力関数の解析性に関する結果を得た。これらを用いて、絶対連続不変測度の有限性とリャプノフスペクトルの非解析性に密接な関係があることを発見した。これら一連の結果を論文としてまとめたが、投稿に耐える体裁を整えるために若干の時間を要する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究計画の開始当初には予想していなかった、「分岐による相転移の除去」といったユニークな話題に関する結果が得られ、すでに国際学術誌に受理済みであること、および大偏差原理に関する論文が完成し、すでに投稿中であること、などから、研究はおおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
エノン写像の最初の分岐パラメーターにおける極大不変集合の近傍からのエスケープ率を、不変確率測度のエントロピーとリャプノフ指数を用いて表すことを目指す。また、前述の区間力学系の大偏差原理に関する研究では、写像の臨界点が平坦でないことを仮定しているので、この仮定を取り外したときに起きる新しい現象を考察する。すでに臨界点の平坦性が惹起する新しいタイプの相転移を発見したように思えるが、これと矛盾する記述を含むプレプリントが存在するため、慎重に検討を進める。 以上のような研究を遂行するには、研究討論、成果の発信および最新情報の収集を行うことが不可欠である。よって多くの国内外の研究集会に参加し、関連分野の研究者と討論や情報交換を重ねる予定である。2017年度上半期の国外出張先としてはフランス (J.-C. Yoccoz氏追悼集会)、台湾 (NCTS Workshop on Dynamical Systems, 招待講演)を計画している。
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