研究課題/領域番号 |
15H05447
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研究機関 | 国立天文台 |
研究代表者 |
麻生 洋一 国立天文台, 重力波プロジェクト推進室, 准教授 (10568174)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 重力波 / 熱雑音 |
研究実績の概要 |
鏡の熱雑音は,次世代重力波検出器の主要な雑音源であり,検出器感度をさらに高めて重力波天文学の可能性を広げていくためには,その低減が必須である。本研究では,次世代重力波検出器の動作温度である低温において,鏡の熱雑音の中でも特に支配的な,誘電体多層膜コーティングに起因する熱雑音の直接測定を世界で初めて達成することを目指している。この装置は常温から低温まで広い温度範囲で熱雑音の直接測定が可能であり,測定結果をコーティング作成プロセスにフィードバックすることで,最適なコーティング技術を確立する。また,本研究によって低熱雑音の高反射率コーティングが実現されれば,次世代光周波数標準など他分野への波及効果も期待される。 本研究で開発する装置は,2台の小型光共振器から構成される。光共振器のミラーに施される誘電体多層膜が熱雑音によって振動すると,共振器長が変化する。しかし,その変化量は極めて小さいため,そのままでは他の雑音(レーザーの周波数変動など)に埋もれて測定できない。そこで,2台の共振器の長さ変動の差分を取ることで,熱雑音以外の雑音を同相除去する。2台の共振器をクライオスタット内に設置して冷却することで,低温における熱雑音の測定を目指す。 本年度は,本実験で予想される各種雑音をモデル化し,その推定を行った。特に,光共振器に伝わった地面振動によって共振器が弾性変形することによる雑音を有限要素解析によって推定した。結果として,低温では防振装置を組み込まないと地面振動の影響を取り除ききれないことが分かった。そこで,低温で動作する防振装置の設計を進めた。また,前年度から設計していた光共振器本体の製作を進め,本年度中に製作が完了した。さらに,レーザー周波数のプレ安定化の為の光共振器も製作し,入射光学系構築に必要な各種光学部品も購入した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,光共振器を用いて,コーティング熱雑音を測定する。位相変調をかけたレーザーを光共振器に共振させ,その反射光を光検出器で受けることで,共振器長の変動を測定することができる。我々が測定したいのはコーティングの熱振動による共振器長変動であるが,それ以外の理由で共振器長が変動する,もしくは変動するように見える現象は,全て測定に対する雑音となる。実験装置のパラメーターを決めるために,熱振動の大きさと,各種雑音をモデル化して比較し,低温においてもコーティング熱振動が測定可能となるようなパラメーターを選んだ。 考慮した雑音源としては,コーティング以外の構成部品(鏡基材やスペーサー)から生じる熱振動,光の量子性に起因する散射雑音,レーザー周波数雑音,及び地面振動である。特に,地面振動は,本実験の測定能力に深刻な影響を与える。 地面の振動が光共振器に伝わると,共振器全体が弾性体として変形する。これによって,共振器長の直接変化及び,鏡の傾きという2つの変化が生じる。共振器長の直接変化は,2つの光共振器にほぼ同相で現れるため,同相雑音除去が期待できる。一方,鏡の傾きは,共振器製作上の誤差から生じる微小なビームスポットの中心からのズレに依存して雑音となる。そのため,同相雑音除去は期待できない。しかし,共振器の支持方法を工夫すると,鏡の傾きをゼロにできる。本年度はこのようなゼロ点支持の方法を有限要素解析によって求めた。現実には,誤差によって完全にゼロ点には支持できない。そのような誤差を考慮した上で,現実的な地面振動雑音の影響を見積もると,東京の実験室の振動レベルから,100倍程度防振しなければ,低温におけるコーティング熱振動は測定できないことが分かった。そこで現在,低温においても動作可能な防振装置の設計を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに,クライオスタットと光共振器本体は製作され,特にクライオスタットは冷却性能が確認されている。今後必要なステップは,主に2つあり,(1)入射光学系の構築と(2)低温防振系の製作,である。 (1)に関しては,レーザー,光変調器,アイソレーター,プレ安定化共振器,などの光学素子は本年度中に調達済みである。今後は,まずはプレ安定化共振器のロックから始めて,常温においてシリコン光共振器をロックできるところまで光学系の構築を進めていく。これに必要なRFの光検出器は現在設計中であり,早期に製作を完了させる。入射光学系が構築された段階で,まずは常温においてコーティング熱雑音の測定を試みる。 (2)に関しては,100Hzで100倍以上の防振性能を持つ防振装置が必要となる。常温においてこのような装置を作ることは簡単であるが,低温にする場合,各部材の熱収縮を考慮に入れなければならないため,問題が複雑化する。特に,縦方向の防振に用いる板バネは,温度によって弾性定数が変化するため,縦方向の平衡位置が変化してしまう。これは,入射するレーザー光に対して光共振器の縦位置がズレてしまうこと意味する。この問題に対処するため,まずは平衡位置の変化と防振性能の最適な妥協点を探る。その上で,入射光学系はこの並行店変化に追随してビーム軸を平行移動させられるような設計とする。また,低温では金属の電気伝導率が変化するため,防振装置のダンピングに用いられる渦電流損失の効率が変化してしまう。これを,低温における熱収縮によって補償する設計も取り入れる予定である。 入射光学系と低温防振装置が組み上がった段階で,低温でのコーティング熱雑音測定を行う。まずは,常温において光共振器にレーザーをアラインし,ロックする。そのロックをできるだけ保持するように,冷却過程で随時入射光軸の調整を行う予定である。
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