研究課題/領域番号 |
15H05482
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
齊藤 尚平 名古屋大学, 物質科学国際研究センター, 助教 (30580071)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | π電子系 / 動く発光団 / 可視化 / 粘度 / 接着 / 励起状態計算 / エキシマー / マテリアルイメージング |
研究実績の概要 |
物質中で時々刻々と起こる、人間の眼には見えない局所的な環境変化を簡便に可視化する分子技術として、環境に応答して劇的に発光色を変える「動く発光団:FLAP」を開発し、これを物質中にドープしてリアルタイムに環境を可視化することに成功した。まず、このような「マテリアルイメージング技術」を可能とする、単一成分で多様な発光を示す有機分子の設計にあたって、剛直なアントラセン骨格と柔軟なπ共役8員環から構成される発光団を構築した。この動く発光団(FLAP)は、励起波長を変えることなく、環境に依存して単成分でRGB発光を示す。すなわち、溶液中では緑色、高分子薄膜中では青色、結晶では赤色の発光を示す。まず、FLAPが光を吸収すると、最安定なV字型構造のままS0基底状態からS1励起状態へと遷移する。この励起状態において、薄膜中ではポリマーに捕われた分子は自由に構造緩和できず動けないため、ほぼV字型を保ったまま青色の発光を示す。一方で、溶液中では光励起された後に分子が動けることで、V字型から平面型へと柔軟に配座変化を起こし、よりエネルギーの低い緑色の発光を示す。結晶中における赤色発光はエキシマー発光である。 動く発光団FLAPは局所粘度プローブとして活用できることがわかった。すなわち、光励起に伴うV字型から平面型への配座変化が媒体の粘度上昇によって抑制されることから、媒体の硬化を蛍光色の変化で可視化できる。そこで研究者は、凝集を抑えるための嵩高い置換基を導入した同様の発光体を市販の透明接着剤や工業用エポキシ樹脂に微量添加することで、室温で接着剤が硬化するタイミングをリアルタイムで可視化し、硬化が充分でない箇所を非接触で特定することに成功した。本技術は、検出器を必要とせずに肉眼で硬化を確認できることから、工場における接着作業や封止作業の効率化につながると期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
市販の回転粘度計では、媒体の中で回転するスピンドルにかかる抵抗を数値化することでバルクの粘度を測定する。しかし、この測定方法では粘度が一様な均一媒体であることを前提としており、粘度がところどころ異なる不均一媒体の局所粘度分布を可視化することはできない。これを解決する手段として、周辺環境の粘度に応じて発光スペクトルを変化させる「分子ローター」をもちいたイメージング手法が報告されている。しかしながら、従来の分子ローターはいわゆるTICT機構によるドナー部位からアクセプター部位への光誘起分子内電荷移動を引き金としてコンフォメーション変化を誘起して発光スペクトルを変化させるため、分子近傍の粘度だけでなく、極性によっても大きく発光スペクトル変化を示してしまう。これでは厳密には局所粘度を可視化したことにはならない。 今回我々が開発したFLAPは、ドナーアクセプター型ではないシンプルな炭化水素骨格を基盤としており、TICT機構とは異なる独自のメカニズム(平面化に伴うπ共役系の伸張)を利用してコンフォメーション変化を誘起しているため、溶媒の極性を変えても蛍光スペクトルの形状がほぼ変化しない。一方で、10-300 cPという粘度範囲であれば、粘度に対してレシオメトリックな蛍光変化を示す。この粘度範囲では、いわゆるフェルスターホフマン則に従い、蛍光スペクトル形状と局所粘度の対応関係を示す検量線が引けることがわかった。すなわち、極性に依存せず粘度分布だけを可視化できる分子プローブを開発した。さらに、過去に報告されたいくつかの分子ローターと比較して、上記の粘度範囲において、より鋭敏なスペクトル変化を示すことも明らかとなった。以上の成果は、当初計画の「FLAPの粘度応答性の定量化」を達成しただけでなく、FLAPが従来の粘度プローブを上回る性能をもつことを示した点で、順調な進展と評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
基礎科学的な展開としては、回転粘度計で測定する「バルクの粘度」と分子プローブで解析する「局所粘度」は明らかに違うということがわかってきた。これらの違いを追究することは、分子の形や相互作用を踏まえて、分子論的に「粘度」を理解することにつながる。これについては、レオロジーに詳しい研究者との共同研究により進める。また、細胞膜透過性の良い水溶性粘度応答プローブの開発に成功しており、これを用いて細胞中における粘度分布や粘度変化の可視化を行うことで、生体組織内の現象の追跡や診断に挑戦する。 一方、応用技術的な展開としては、エポキシ樹脂やアクリル樹脂、透明なシート状製品などにおいて部分的な製品ムラがないかどうかを可視化し、最適な硬化条件・加工条件を迅速に探索するための添加剤として活用を試みる。既に化学系企業にサンプルを提供し、検討を開始している。
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備考 |
2016年2月29日をもって名古屋大学物質科学国際研究センターの助教職を退職し、同年3月1日から京都大学大学院理学研究科の准教授として研究を遂行した。
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