研究課題
本研究の目的はヘリウム照射で誘起されるタングステンをはじめとする各種金属表面のナノ構造形成のメカニズムを理論的に解明し、実験におけるより良い制御法の提唱を行うことである。プラズマと物質の相互作用によって引き起こされるナノスケール現象を扱うためには、分子動力学(MD)、二体衝突近似法(BCA)、密度汎関数理論(DFT)、動的モンテカルロ法(KMC)、ならびにそれらを組みわせたハイブリッドコードを駆使したマルチスケールシミュレーション解析を実施する必要がある。初年度にあたる昨年度は、DFTによる各種金属中でのヘリウム凝集可能性の評価、新しいハイブリッドシミュレーションとなるBCA-KMCハイブリッド法の原理実証、加えて各種コードの開発を行った。DFTを用いたヘリウム凝集可能性の評価では、金属中の格子間サイトおよび単空孔における複数ヘリウムの結合エネルギーを調べた。その結果、これまでにヘリウム凝集が示唆されているタングステン以外の金属として、タンタル、モリブデン、ニオブ、クロム、鉄においてもヘリウム凝集が容易に起こり得ることを見出した。これらは全て体心立法格子(BCC)構造を持つ金属である。一方で同じBCC金属であるバナジウムではヘリウム凝集がある大きさまでで止まることが示唆された。現在までにバナジウムでの実験は報告されておらず、今後、実験への提案を行いたい。またハイブリッド法としては、我々の過去の研究においてタングステンナノ構造の成長をある程度再現できたMD-MCハイブリッド法を確立しているが、そこにはプラズマ照射によるイオンの材料中への侵入過程が入っていない。それを取り込むためのプロトタイプとして新たにBCA-KMCハイブリッド法を開発した。これを水素プラズマ照射に応用したところ、将来のITERのダイバータのような高フラックス環境での水素蓄積量も評価できることが期待できる。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究を支える技術的な課題は、マルチスケールシミュレーション解析を支える各種シミュレーションコードの開発である。特にハイブリッドシミュレーションの実現のためには全てのコードを自前で準備することが望ましい。また過去の研究で築き上げたタングステンとヘリウムを扱うコードを、それ以外の元素を扱えるように拡張することが鍵となる。昨年度は、上述のように既存のMD-MCハイブリッドに照射効果を入れるためのBCA-KMCハイブリッドコードの開発が、当初の想定年度よりも早く原理実証できたことが大きな進展である。同時に、KMC部分のコードは新規開発であるが、これも順調に進んだ。そして、BCA-KMCハイブリッド法を水素リテンション問題に応用することで核融合研究の重要課題である水素リテンション評価可能である点で予想以上の成果が期待できる。第26回国際原子力機関核融合エネルギー会議(IAEA-FEC2016)に採択された。MD-MCハイブリッド法とBCA-KMCハイブリッド法の開発を通して、プラズマと物質の相互作用現象をシミュレーションする際には、実験同様のフラックスにおいて同じく実験同様のフルーエンス(総照射量)を達成することが現象の再現性を高める上で非常に重要であることを見出せたことが大きい。通常はシミュレーションで扱えるタイムスケールが小さいために実験よりも6から10桁高いフラックスを用いざるを得ないが、我々のMD-MCならびにBCA-KMCでは、ハイブリッド法ゆえにタイムスケールのギャップを超えて実験同様の低いフラックスでも高いフルーエンスを達成することが可能であることが世界的な強みとなっている。これらにより期待以上の進展があったと言える。
上述のDFTによるヘリウム凝集可能性の評価を、BCC以外の金属やヘリウム以外の希ガスについても行う。一方で、DFTによる評価は1nm以下のサイズのヘリウムクラスターまでが限度である。それ以上の大きさのヘリウムバブルの形成を調べるために、MDによる解析を行う必要がある。そのためには、まずMDに用いる原子間相互作用ポテンシャルモデルをタングステンとヘリウム以外の元素が扱えるように新規に開発する必要がある。モデル開発ではサンプル構造に対するDFTによるエネルギー評価を行い、それを参照データとしてポテンシャル関数の最適化を行うダウンフォールディング法を用いる。実際にタングステン-ヘリウム間のポテンシャルモデルを過去に開発する際に同様の手法を用いた実績があるが、実際の作業ではデータ整理と各種手作業に非常に手間がかかる。そこで、今年度中に専用サーバーを導入し、作業を簡易化する専用支援ソフトウェアを開発してモデル開発を加速させる。また、プロトタイプの出来上がったBCA-KMCハイブリッドコードの開発を進める。特にKMC部分について、金属中の不純物拡散現象の再現の鍵となる粒界構造の取り扱いまでを可能にしたコードへと発展させる。そして、これを水素リテンション問題に応用し、実験室環境からITERや原型炉までのダイバータ環境の水素蓄積量のフラックス依存性を予測し、国際会議IAEA-FEC2016などで報告する。ヘリウム照射問題よりも先に水素リテンション問題を扱うのは、水素の場合はナノバブル形成による金属の大きな変形が起こらないために、ハイブリッドにおいてMD部分を用いる必要がないため、BCA-KMCの検証に向いている為である。次年度以降にはMD-MCと合わせたBCA-MD-KMC三連ハイブリッド法へと発展させ、照射時のイオン侵入効果の入ったヘリウム照射による金属ナノ構造形成の再現を試みる。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (11件) (うち国際学会 7件、 招待講演 4件) 備考 (1件)
Jpn. J. Appl. Phys.
巻: 55 ページ: 01AH11
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巻: 印刷中 ページ: 印刷中
Nuclear Fusion
巻: 55 ページ: 073013
10.1088/0029-5515/55/7/073013
http://www-fps.nifs.ac.jp/ito/