研究課題/領域番号 |
15H05569
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
佐々木 拓哉 東京大学, 大学院薬学系研究科(薬学部), 助教 (70741031)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ストレス / 海馬 / 脳波 / 局所場電位 / 大規模計測 |
研究実績の概要 |
この1年間の研究では、2014年までの米国留学中に学んだ脳波計測法(マルチユニット計測法)を発展させて、最大100本の電極をラットの脳領域に埋め込み、また頸背部皮下から心電図、嗅覚神経から呼吸リズムを同時計測する方法を確立した(Okada et al., 2016)。このような方法を用いてストレス応答後の神経活動を解析した。他の動物個体から社会的敗北ストレス慢性的に受けたマウスの脳波のウェーブレット解析を行ったところ、海馬歯状回においてのみ、神経活動の顕著な減弱が確認された(Aoki et al., 2017)。現在は、自由行動中の動物から計測された生体電気信号について、さらに多変量の解析を進めている。これまでの研究結果としては、(1)社会的敗北ストレスを受けた直後から数十分にわたって、海馬や大脳新皮質の広範な脳領域において神経活動が顕著に減少していること、(2)こうした神経活動の減弱の後、ある程度の時間幅をもって不整脈や呼吸リズムの乱れが観察され始めるようになることなど、を確認している。おそらく、こうした時期は、脳と末梢臓器の恒常性が大きく変化する過程を反映しているものと推察される。今後は、生化学的手法や解剖学的アプローチを融合しながら、こうした脳波減弱と末梢臓器活性の変化について、時間相関の解析を進めていくことで、分子メカニズムを亜衣明したいと考えている。また、さらに脳の神経活動を操作したり、動物の行動環境を変化させることによって、ストレス応答後の全身臓器の乱れを抑制できるか検証する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、まず脳波計測実験系の構築を試みた。3Dプリンタを用いてラットやマウスの頭部に設置する電極固定具の造形を行い、複数の脳領域に多くの電極を埋め込む実験法を確立した。また、心電図計測用の電極と、呼吸リズムを計測するための電極をそれぞれ生体に埋入した。これにより、脳波、心電図、筋電図、呼吸リズムといった全身の生体電気信号を記録装置に集約させる方法を確立した(Okada et al., 2016)。以上にて、ストレス応答に関与する中枢神経細胞の活動パターンと、末梢臓器活性を網羅的に計測するという実験系が構築された。 ストレス応答としては、社会的敗北ストレスモデルを用いた。このモデルは、一方の身体が小さいラットが、もう一方の身体の大きいラットから攻撃を受ける。多くのラットでは、社会的敗北ストレス経験の直後から、脳の神経活動が減弱することを見出した。これは従来知られているような脳波の状態変化といった緩やかな変化ではなく、神経ユニット活動が限りなくゼロになってしまうような著しい減弱であった。この期間は、中枢から末梢への信号がほとんど送られていない状態にあり、中枢とは独立に、ストレス負荷前と同等の末梢臓器活動が保持されている時期と考えられる。 次に、この神経活動の回復期が始まると、心拍数が500回/分から400回/分程度にまで減少し、さらに個々の心拍間隔が一定ではなくなり、いわゆる不整脈となった。この生理現象はストレス応答直後ではなく、ストレス応答後、数分から数十分の時間差をもって発生するものであり、従来考えられていたストレス研究の理論とは異なる。詳細な生理機構は不明であるが、1つの可能性として、中枢の神経活動が停止状態から回復し、末梢へ再び信号を送り始めたが、その信号が未だ不安定であるため、末梢臓器の活動の不安定性に繋がっているのではないかと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
精神的ストレス応答を論じる場合、分子機序と個体行動を繋ぐ核心的な神経動態は、ほとんど解明されてこなかった。ストレス反応の出発点が脳であるという事実を認識しつつも、研究アプローチを考案できなかったという背景がある。本研究により、ストレス経験の脳情報処理と、末梢臓器の反応の同調変化を検証可能となりつつある。今後さらに検証を進めて、ストレス経験後の不安や心的外傷など、精神的な身体不調の発症機序を直接的に考察したいと考えている。 具体的には、これまでに見出されたストレス応答後の脳波減弱について、詳細なメカニズムを検討する。マイクロダイアリシス等を用いて、神経修飾物質の関与を調べるのが第一候補である。同時に、より詳細な神経相関の検証も進める。大脳新皮質や海馬は、複合した情動や環境情報を処理する脳領域であり、精神活動を推定するために最適な部位の1つである。予備検討では、こうしたストレス応答経験時に活動した細胞は、その後の休憩中に再活性化されやすいことを発見している。こうした活動再生は記憶固定の基にはるはずだが、中枢から末梢に不要な信号を流し、不安や身体不調の発現を助長している可能性もある。このアイデアを検証するため、今後はさらに個々の神経活動の再生が生じた際に、心電図や呼吸リズムに異常が生じるか解析する予定である。 他にも、上記の研究は急性的に(一回のストレス経験のみで)生じる応答であったが、同様のストレス経験を何度も繰り返した際、すなわち慢性的な変化の解析も進める予定である。
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