研究課題/領域番号 |
15H05607
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研究機関 | 福井工業大学 |
研究代表者 |
柏山 祐一郎 福井工業大学, 環境情報学部, 教授 (00611782)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | クロロフィル / 水圏環境 / プロティスト / プロクロロコッカス / 微細藻類 / CPE類(シクロエノール) / シクロフェオフォルバイドエノール / 光毒性 |
研究実績の概要 |
期間の前半では,前年度の三重大学の練習船勢水丸(SE1525航海)で得られた海水試料に基づいて研究を進めた。まず,熊野灘沖表層で得られた海水に実験室で培養されたプロクロロコッカスを添加したところ,鞭毛虫など多数の無色プロティストの増殖が認められ,かつ,この培養懸濁物を高速遠心機で回収してペレットにしてHPLCを用いて分析したところ,プロクロロコッカスに特異的な色素であるジビニルクロロフィル類に加えて,それらの誘導体として,ジビニル体のCPE類(DV-CPE類)が有意な量検出された。これらを総合すると,プロクロロコッカスを餌として無色プロティストが増殖し,その捕食・消化過程においてクロロフィルの無毒化代謝産物としてDV-CPE類が産生されたと解釈された。なお,この化合物の同定には,本研究で有機合成によって得られた標準物質を用いた。さらに,同じ熊野灘表層水から分離・単離培養された鞭毛虫類3株のうち,2株では,プロクロロコッカスを餌として増殖し,かつ,DV-CPE類の産生が認められたが,残り1株では,増殖は認められるものの,DV-CPE類の産生は認められなかった。 期間の後半では,中央水産研究所の漁業調査船蒼鷹丸による2度の調査航海(11月および3月)で得られた試料に基づいて研究を進めた。これらの航海では,黒潮以南の貧栄養海域の採水試料について,線上にてタンジェンシャルフロー濾過器で限外濾過膜を用いて濃縮した後,高速遠心分離機を用いて全ての懸濁物をペレット化して,液体窒素で凍結させて持ち帰った。これらの懸濁物試料を抽出して分析したところ,ジビニルクロロフィル類とともに,DV-CPE類が検出された。さらに,試料水に船上でプロクロロコッカスの培養物を餌として与え,無色プロティストの増殖を確認し,うち4種類については単離培養株を確立し,現在も単離培養の試みを継続している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度までに,(1)プロクロロコッカスが外洋環境で様々なプロティストに捕食されている可能性が示され,(2)この過程でDV-CPE類が産生され,ある程度プロクロロコッカスの被食の指標として利用できるが,(3)全てのプロクロロコッカス捕食性プロティストがDV-CPE類を産生するわけではなく,この指標の定量的な評価には注意を要することが示された。さらに,(4)天然環境(黒潮以南の貧栄養海域)の懸濁物質中からDV-CPE類が検出されたが,これは,同化合物の天然環境からの初めての報告であるとともに,プロクロロコッカス類が天然環境下でプロティストに捕食されていることを示唆する初めての傍証であり,DV-CPE類を環境指標として開拓するという本研究のランドマーク的な成果であったと言える。 また,28年度には,念願であった黒潮以南の貧栄養海域での調査を二度にわたっておこない,プロクロロコッカスとの補捕食者に関する様々な知見を得ることができた。特に,培養されたプロクロロコッカスを環境試料に投入することで,プロクロロコッカスを餌として特異的に増殖する様々なプロティストの存在を確認するとともに,それらのいくつかを単離培養することができた。さらに,タンジェンシャルフロー濾過法で限外濾過膜による懸濁粒子の濃縮と,それらの高速遠心分離機による回収という,プロクロロコッカスのような極微細なピコ藻類を含む試料の新しい採集法の確立も行うことができた。以上の研究手法の確立により,DV-CPE類を環境指標として研究していくための本格的な基盤が形成できたと考えている。 加えて,平成28年度の予算で,平成27年度に購入してあった分析装置に,クロロフィル誘導体の分析のために必要な残りのモジュールを買い足すことができたため,分析の系を立ち上げられることができた。ただし,その本格的な運用は次年度に持ち越した。
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今後の研究の推進方策 |
また,平成29年度の練習船勢水丸(三重大学)および漁業調査船蒼鷹丸(中央水産研究所)の調査航海にそれぞれ複数回にわたって参加し,黒潮を挟んだ太平洋の沿岸および貧栄養海域の調査をおこなう。これまでの知見を基に,(1)色素分析により微細藻類捕食性のプロティストの活動の定量的な評価を試み,(2)プロクロロコッカス捕食性の無色プロティストの単離・培養をとおした知見を深め,さらには,(2)メタゲノム解析から,既に同定できた捕食生物の動態を探る試みもおこなう。特に,平成28年度の研究から得られたCPE類を産生しないプロクロロコッカス捕食性プロティストに寄与を理解することは重要な課題であると考えている。 さらに,平成28年度と平成29年度の予算を投じて構築したHPLC-APCI-MS/MSシステムを用いて,クロロフィル類とCPE類を含む環状テトラピロール型のクロロフィル誘導体を定量的に分析する系を立ち上げる。すなわち,CPE類を含むクロロフィル代謝物すべてを定量的かつ迅速・高感度で分析する方法を確立し,微少スケールの実験試料や,生物存在量の非常に小さい遠洋域の海水試料の分析を進め,この研究手法の汎用性を高めることをい目標とする。
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