研究課題
乳癌においては、リンパ行性進展を介したリンパ節転移は最も重要な予後規定因子の1つである。申請者は「癌で産生された脂質メディエーター・スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)がリンパ管新生を促進する」ことを解明してきた。しかし、生体内においては癌微小環境で産生されるS1Pも存在し、癌と宿主側の相互作用におけるS1Pの生理的機能はいまだ不明である。申請者らは「癌で産生されたS1Pが、リンパ管内皮細胞のS1P産生責任酵素を活性化し、さらにオートクライン・パラクライン効果で癌の浸潤・転移能を促進している」という仮説を立て、本研究を企画した。本研究の目的は「S1P産生責任酵素の遺伝子改変マウスや臨床検体を駆使し、癌と宿主の相互作用におけるS1Pの生理的機能とその臨床的意義を明らかにすること」である。平成28年度は、遺伝子編集ツールであるCRISPR/Cas9システムを用いて、SphK1およびSphK2のノックアウト(KO)乳癌細胞株を確立し、さらに、乳癌ES細胞を用いてC57BL/6マウス単独系統のSphK1およびSphK2KOマウスを作製、同種同一系統の癌移植モデルを確立した。これにより、移植癌細胞に対する拒絶反応を完全に排除し、SphK1、SphK2とS1Pの癌浸潤・転移における役割を解析することが可能となった。また、乳癌手術症例を対象とした研究を行い、乳癌原発巣におけるSphK1の発現とS1P濃度は相関すること、原発巣のS1P濃度が高いとリンパ節転移の頻度が高くなることを発見した(J Surg Res 2016)。さらに、動物実験や手術検体を用いて、独自の方法によって癌間質液あるいはリンパ液中のS1Pの濃度測定を行う方法を確立した(J Mammary Gland Biol Neoplasia 2016, Helion 2016)。
2: おおむね順調に進展している
平成28年度は課題研究AとBについて研究を推進し、課題研究Cを開始、計画通りに進行している。以下に進捗状況の詳細を記載する。課題研究A CRISPR/Cas9システムを用いて確立したSphK1およびSphK2のKO乳癌細胞株を用いて癌細胞の増殖能、遊走能、生存能などにおけるSphK1およびSphK2の細胞機能における働きを細胞実験で検証した。また、ES細胞を用いてC57BL/6マウス単独系統のSphK1およびSphK2KOマウスを作製し、同種同一系統の癌移植モデルを確立した。課題研究B 乳癌手術症例を対象とした研究を行い、組織のSphK1の発現とS1P濃度は相関すること、S1P濃度が高いとリンパ節転移の頻度が高くなることを発見した(J Surg Res 2016, J Surg Res 2016)。さらに、動物実験や手術検体を用いて、独自の方法によって癌間質液あるいはリンパ液中のS1Pの濃度測定を行う方法を確立した(J Mammary Gland Biol Neoplasia 2016, Helion 2016)。課題研究C S1Pの癌代謝動態および生存能への関与と、癌と宿主とに対するS1P標的治療の効果:SphK1およびS1Pの癌代謝動態、癌細胞生存能への関与について解明するため、課題研究Aで作成した細胞株を用いて、スフィンゴシンキナーゼとS1Pとにより制御される癌代謝動態についてメタボローム解析を行った。抗癌剤耐性との関連について、各種抗癌剤における耐性能を実験中である。
平成29年度は主に課題研究A~Cについて研究課題について論文化し、総括する。課題研究A 癌と宿主の相互作用におけるS1Pの生理的機能:CRISPR/Cas9システムを用いて作製したSphK1およびSphK2のKO乳癌細胞株を用いて、ES細胞を用いて作製したC57BL/6マウス単独系統のSphK1およびSphK2KOマウスに対し、野生型、SphK1およびSphK2KO乳癌細胞を移植し、宿主側のSphK1/2によって産生されるS1P、および癌と宿主の産生するS1Pの相互作用の役割について解析する。さらに、上記KOマウスを作製したFloxマウスと掛け合わせることで、リンパ管特異的SphK1/2ダブルKOマウスを作成し、リンパ管が産生するS1Pの癌転移における役割について解析することを目指す。課題研究B スフィンゴシンキナーゼ1型(SphK1)およびS1Pのリンパ管浸潤・リンパ節転移への関与と臨床的意義:平成28年度は、既に論文投稿中野乳癌手術症例47例の結果に加えて、さらに追加解析症例50例に関して、凍結組織標本・ホルマリン固定標本に加えて、血液検体を用いて、スフィンゴシンキナーゼの発現や活性化、組織中S1P濃度、S1P受容体およびS1P輸送体の発現レベルを分析し、患者の臨床病理学的データ、薬剤感受性、治療成績との関連について検証する。課題研究C S1Pの癌代謝動態および生存能への関与と、癌と宿主とに対するS1P標的治療の効果を明らかにするため、SphK1およびS1Pの癌代謝動態、癌細胞生存能への関与について解明する。課題研究Aで作成した細胞株を用いて、スフィンゴシンキナーゼとS1Pとにより制御される癌代謝動態についてメタボローム解析結果と、抗癌剤耐性との関連性を解析し、論文としてまとめる。
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 5件、 査読あり 5件、 謝辞記載あり 4件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 4件)
J Surg Res
巻: 204 ページ: 435-444
10.1016/j.jss.2016.05.022.
J Mammary Gland Biol Neoplasia
巻: 21 ページ: 9-17
10.1007/s10911-016-9354-7.
Heliyon
巻: 2 ページ: e00219
10.1016/j.heliyon.2016.e00219.
FASEB J
巻: 30 ページ: 2945-2958
10.1096/fj.201600394R.
巻: 205 ページ: 85-94
10.1016/j.jss.2016.06.022.