人体に発現する多彩な生理反応のなかには、一見すると個体にとって明らかに不都合で合理性を欠くようなものが存在する。自然淘汰による進化が常に人類を快適で幸福な状況に導いてくれているのだとするならば、なぜ我々は筋骨格系や皮膚の疼痛に悩まされ続けているのだろうか?。未曾有の超高齢化社会を迎えた本邦において、疼痛は鬱病につぐ経済損失をもたらす原因となっており、その総額は3700億円とも推計されている。また、内科診療においてでくわす主訴のうち、疼痛に関連しないものを挙げることは困難である。ことほどさように疼痛は医学の枢軸現象であるにもかかわらず、なぜ疼痛が進化的に保存されてきたのかという疑問に対して科学的な説明が加えられた形跡はみあたらない。 先天性無痛症は温痛覚消失を伴った常染色体劣性の遺伝病である。先天性無痛症患者には火傷、脱臼、重篤な四肢骨折、細菌/真菌性の関節炎、骨髄炎といった障害が多発し、こうした易感染性・易骨関節破壊性は身体に異常な力が加わっても感知できないことが理由であると想定されているが、それを裏付ける科学的根拠は乏しい。そこで本研究ではマウス遺伝学的方法論を駆使することで疼痛現象が骨自然免疫系の恒常性に与える影響を解析し、疼痛がなぜ存在するのかという問いに答えをあたえることを目指している。初年度は痛覚神経のないマウスの作出に成功し、今後は当該モデルの形質解析をすすめる。
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