研究課題/領域番号 |
15H05692
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
市村 英彦 東京大学, 大学院経済学研究科, 教授
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研究期間 (年度) |
2015 – 2019
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キーワード | 少子高齢化 / 政策評価 / ノンパラメトリックス / セミパラメトリックス / 国民移転勘定 / 構造推定 / regression discontinuity analysis |
研究実績の概要 |
本年度は、少子高齢化政策に関連する諸側面についての実証分析を進めることを念頭に置き日本および諸外国で利用可能な各種統計データを総動員し、その整備と分析を進めることに注力した。 また、昨年度に引き続き、少子高齢化政策を分析するための新しい視点に基づく枠組み作りや、少子高齢化の諸現象を分析する世界標準に沿ったパネルデータの構築を目指し、米国HRSグループをはじめとする各国グループとの情報交換を積極的に行なった。また、NTAの構造モデルに関する研究を深め、NTAの枠組みに画期的な構造モデルを導入することで新たな発想に基づくNTA分析を目指しており、今年度の成果は、定期的にグローバルレベルで開催されるNTA研究発表会の中で報告・共有し、意見交換を行なっている。 また、マレーシアのマラヤ大学を中心に進めている高齢者パネル調査への支援・協力も引き続き行っており、他国の大学や研究機関とも調査手法等の議論を深めながらアジアの高齢化問題を共有している。アジアにおける高齢化と生産性を解明するためのワークショップ(アジア開発銀行主催)では、JSTARやNTAを駆使しながら、人口統計から見た日本の高齢化問題についての発表を行った。NTA、JSTARの研究成果の活用は日本だけでなく高齢化が進行するアジア全体の解明にも有効であると考えられ、引き続き世界標準の指標となり政策分析のツールとなり得る新たなNTAの構築を目指していく。さらに、高齢化・少子化・若者に焦点を当て、政策担当者も出席したアジア国会議員会議(アジア人口・開発協会主催)では、高齢化が進むアジアに関する発表を行なった。 JSTARについては、RIETI及び関連科研と連携して実施した第5回調査のデータを本学に収集し、データ整形の作業を進めた。また、第5回までのJSTAR調査に協力してきた10自治体の回答者に対して「Life History Survey・ライフヒストリーに関する調査」を実施した。JSTARは10自治体において調査を実施してきたが、調査協力を続けてきた自治体の担当者を対象に、これまでの調査データを用いた研究・調査報告会も実施した。 また、調査データの分析については、国勢調査の調査票情報用いて、従来より的確に日本全体を代表する為のウェイトを作成している。 NSWFについては、昨年度実施した「少子高齢化社会における家族・出生・仕事に関する全国調査」の調査データの成形の作業を完了し、データを用いた共同研究を進めている。 手法的な研究としては、市村はモデルで利用する関数型に強い仮定を置く必要の少ないセミパラメトリックな方法の一般的分析手法を開発し、Johns Hopkins大学、Pennsylvania State大学、テキサス大学オースティン校、UCLA、Chicago大学、Northwestern大学、Maryland大学、Jorgetown大学などで報告をおこなっている。 NTA研究では平成29年度からNTAを時間の移転を含むよう拡張し、平成30年度にはさらに男女別・世代ごとのライフサイクルとして捉え直すべく社人研グループと共同研究を進めており、前年度に引き続きその成果の一端をでの第12回Global Meeting of the National Transfer Accounts Network(メキシコ)で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該研究プロジェクトでは英国Cemmap研究所と共同で国際会議を過去4年間に四度開催し、海外から複数の世界トップクラスの研究者を招聘し基調報告・討論を重ね、本研究プロジェクトの研究内容を一層充実させると共に研究課題を不断に見直している。またNBERで高齢化研究を続けてきたHarvardのDavid Wise教授より招待され市村は4年間に三度国際会議へ出席した。その他本プロジェクトはRAND研究所が進めているHRSグループのパネルデータを国際的に調和させる取り組みに参加するなど国際的にも認知されている。 また、市村は4年間に四度北京大学、三度南カリフォルニア大学での高齢化問題に関する国際会議に招待されている。さらに市村はJournal of the Economics of AgingとJournal of Human CapitalのAssociate Editorに就任するなど、本研究課題と密接に関係する高齢化や人的資本の研究の専門分野でも国際的に認知されている。小川はマラヤ大学におけるSocial Security Research Centerのチェアを務めており、その関係で市村も同研究所でパネルデータ作成、高齢化問題を考える枠組みについてアドバイスすることになっている。 研究に加え、平成30年度は「くらしと健康の調査(JSTAR)」に協力している自治体と、研究成果の報告及び意見交換をするなど研究成果を社会に還元する活動も積極的に行った。 本研究プロジェクトは過去4年聞に分担者のみで50以上の査読付き国際学術誌向けの論文を刊行し30以上の国際招待講演を行ってきた。上記の数字は本研究プロジェクトの研究活動がいかに精力的に進められ、それが国際的に認知されているかの証左であると考える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の特色は、NTAの計測に、労働と所得の私的・公的移転を含む構造モデルとしてのライフ・サイクルモデルと企業の構造モデルを導入し、世代重複モデルを用いるという新たな発想に基づくNTA分析手法を開発することである。このことにより、これまで捉え切れていなかった世代間、世代内における多様な私的・公的移転に関する現実の新たな側面を明らかにする枠組みを構築するだけでなく、政策分析のツールとしてのNTAという新しい地平を切り開く。 即ち、本研究は、これまで消費や労働所得などの内生変数の年齢別平均額といういわば誘導型のみ分析してきたNTAの枠組みに、これまで欠けていた家計と企業の構造モデルを導入し、それにより個人と企業の多様性を捉える枠組みを確保すると共に、それらの構造モデルを政策変更が個人や企業の行動に与える影響を捉える枠組み(即ち、ルーカス批判に答える枠組み)としても活用する。そしてそれらの構造モデルを一般均衡モデルとしての世代重複モデルと接合してNTA分析を行うことにより、社会全体における多様な所得と時間などの移転の様相を捉え、また、それらに対する少子高齢化対策の影響を評価しようとするものである。 本年度は、これまで計測してきたNTA・NTTAの背後にある構造モデルの推定を行い、各政策に対する家計と企業の反応を考慮したNTA・NTTAの政策評価を行う。そのために、①個人のライフ・サイクルモデルの推定、②医療・介護費のダイナミクスの推定、③企業の行動の分析を中心に行う。それぞれの分析は研究分担者とリサーチアシスタントでそれぞれ分担して計画的に進めていく。 ライフ・サイクルモデルの推定については、21世紀出生児縦断調査(厚生労働省、文部科学省)と本研究課題において調査を実施してきた「少子高齢化社会における家族・出生・仕事に関する全国調査(NSWF)」及び「くらしと健康の調査(JSTAR)」を用いて、生まれてから死ぬまでのライフ・サイクル(教育、親離れ、就職、結婚、出産、引退、介護など)に関するモデルの推定を行う。NSWFについては、平成29年度に実施した第1回調査の追跡調査(第2回調査)を行いパネルデータを構築したうえでの分析を行う。収集したデータを速やかに分析するために、調査に当たってはこれまでに開発したパソコンやスマートフォンで回答ができるようなシステムを用いる。 ライフサイクルモデルの推定に必要な、医療費・介護費のダイナミクスについては、レセプト情報を中心に分析を進める。特に、医療費については厚生労働省に申請したNDBの特別抽出データを使用することで、被保険者全員の医療費を約10年追跡することができる。ここでは、誰がいつどれくらいの医療費や介護費がかかるのかを精緻に推定し、ライフ・サイクルモデルに組み込む。 家計以外の経済主体である企業については、賃金構造基本統計調査(厚生労働省)や経済センサス(総務省、経済産業省)の調査票情報を用いて企業と労働者を結び付けたデータセットを構築し、企業の生産関数の推定や、高年齢者雇用安定法改正、年金制度変更などの政策変更の影響を分析する。
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