研究課題
・GaAs量子井戸中において、光誘起キャリアの作る動的で再構築可能な静電ポテンシャルを用いることによって電子スピンの閉じ込め状態を作り、スピン寿命を大幅に増大させることに成功した。本成果は、電子スピンの新たな位置制御技術や固体量子計算への応用が期待できる。・電子のドリフトおよび拡散運動が共存している場合に、時間分解カー回転測定を用いることでラシュバおよびドレッセルハウススピン軌道相互作用係数を高精度に求めることができ、様々な物質のスピン軌道相互作用を評価する手法を確立した。・リング型と正方型形状のスピン干渉デバイスを用いてスピンの干渉効果を理論と実験により詳細に調べた結果、トポロジカル転移磁場がデバイスの幾何学的形状によって制御できることを発見した。・強い磁気異方性を示すL10規則合金FePt/PtをもちいてPt中のスピンホール効果によるスピン流がFePt磁化にトルクを与える事を見出し、高磁気異方性薄膜におけるスピントルク評価を可能にした。・新奇スピン軌道物質創製の枠組みとして、PtやWといった重金属で接合系を作製し、Rashba界面を生成する事で、バルクの効果とは別のスピン軌道磁場を生成できる事を明らかにした。・Pt/Au、W/Ta、Ta/Ru積層膜を作製し、スピンホール角は組成により変化することが分かった。Ta/Ru積層膜を用いた素子では層構造を保ち、スピンホール角はTaの報告値と同程度であるが、スピン拡散長は長くなった。・ペロブスカイト型酸化物である絶縁体BaSnO3と半金属BaPbO3の混晶薄膜の電子構造と電気伝導特性の評価を行った。Pb組成増加によるバンド変調と、それに伴うトポロジカル相転移を観測した。また、トポロジカル相転移が起きるPb組成付近において、スピン軌道相互作用の有効磁場が増大することを見出した。
1: 当初の計画以上に進展している
・磁気光学効果に基づく時間・空間分解スピン計測技術を用いることによって、光誘起ポテンシャルの閉じ込め効果に起因するスピン寿命の増大やドリフト電場の印加によるスピン軌道相互作用の精密制御など、新たなスピン制御技術につながる物理現象の発見に成功した。・半導体および強磁性金属薄膜におけるスピン軌道相互作用に起因したスピン流物性やスピンダイナミクスおよび電流注入磁化制御において多くの進展があり、当初の予想以上に進んでいる。・スピン干渉デバイスの幾何学的形状によるトポロジカル転移制御はトポロジカルな量子状態を用いたスピントロニクスや量子情報に新たな自由度を提供することにつながる。・既存スピン軌道物質の組み合わせから、新しいスピン軌道磁場が生成可能である事が分かった。本発見は、本研究課題の一つとして挙げられていたスピン軌道超格子によるスピンフィルターに端を発しており、作製が難しい超格子に限らず多結晶金属の接合においても生成可能である事が分かった。・昨年度までに薄膜合成に成功したペロブスカイト型酸化物BaSn1-xPbx03混晶薄膜において、光学的手法による電子構造評価から、Pb組成による連続的なバンドギャップ変調を観測した。また、磁気伝導度測定から、Pb組成x=0.9付近でスピン軌道相互作用が増大することを見出した。以上の結果から、BaSn1-xPbx03におけるPb組成増加に対する電子構造変調がトポロジカル相転移であることを結論付けることができた。・半導体および強磁性金属薄膜におけるスピン軌道相互作用に起因したスピン流物性やスピンダイナミクスおよび電流注入磁化制御において多くの進展がある。以上を総括すると当初の計画以上に進展していると判断する。
・GaAs量子井戸中における電子スピンのさらなる長寿命化を目指してナノ加工による電子閉じ込め効果の導入と数値シミュレーションに基づくデバイス構造の最適化を行う。また、これらのデバイスに電子スピンを光学的に注入し、電子スピン長距離輸送とスピントランジスタ動作の実証実験を行う。・半導体量子構造におけるスピン軌道相互作用が生み出すスピンダイナミクスの変調や強磁性金薄膜におけるスピン流生成をベースとして高効率電流注入磁化反転やエピタキシャル薄膜をベースとして生まれる新たなスピン物性開拓を進めていく。具体的には、エピタキシャル金属薄膜/強磁性金属界面におけるジャロチンスキー守谷相互作用の評価や多結晶薄膜との比較を通し、電流誘起磁壁移動に関する研究を進めていく。同時に、非磁性規則合金を用いたスピン流生成では、多結晶薄膜に現れない規則度に起因したスピン流生成の可能性があることから、CuPt薄膜などにも注目して研究を進めていく。・新奇スピン軌道物質の発見は、基礎物理的な観点からも、スピントロニクス素子の開発における応用上の観点からも非常に重要である。上述したように、既存物質の組み合わせからスピン生成可能な界面系を創製出来るので、今後は様々な重金属やトポロジカル絶縁体といった材料の様々な組み合わせによって新奇物質の作製が期待できる。これに基づき、Rashbaパラメータが大きくなり得る界面系を理論計算などにより推定し、スピン軌道磁場生成効率が大きくなる組み合わせを探索する。・今後は、本研究で見出したBaSnl-xPbx03の特異な電子状態のトポロジカルな物性を電気的に検出するために、非局所型の素子を作製し、電気伝導特性の評価をする。また、超伝導体もしくは強磁性体との接合を作製し、接合抵抗の伝導評価を行う。・これまでの研究で得られた高スピンホール角とスピン拡散長の長い材料をもちいて、そのスピン軌道トルク(SOT)磁化反転電流に関する研究を行う。試料作製の際は、磁性体のサイズや磁気異方性を考慮することで、低消費電力SOTスイッチングの開発に貢献する。
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