研究課題
核生成は物質形成の始まりであり、物理的、化学的なメカニズムの解明は多分野にまたがる非常に重要な課題である。従来の、原子、分子が一つずつ着脱する古典的モデルに対し、前駆体経由の非古典的核生成過程が提案され始め、核生成と前駆体のかかわりは、世界的にホットな領域になった。本研究では、溶液セルを用いた透過電子顕微鏡(TEM)による“その場”観察で、核生成と前駆体のかかわりを直接的に示すことを目的とする。核生成の理解にはナノ領域の物性と水和層がカギと考えており、本研究課題では、1)気相からの核生成実験、2)計算機シミュレーション、3)核生成の透過電子顕微鏡(TEM)中その場観察実験、の3つのアプローチを行う。本年度は、それぞれに関して、以下に記す実績が得られた。1)液体窒素で冷却した蒸発源の氷をHeなどの不活性ガス中で蒸発させると、蒸気が冷えて高過飽和になり、核生成を経て氷ナノ粒子が生成する。その際の温度と分圧を干渉計から求められる。このような、低温物質の核生成実験が可能な独自の装置を設計して導入した。また、生成粒子をTEMで観察し、形や構造、サイズを同定できる、真空搬送冷却ホルダーを作製し、導入に成功した。核生成時の過飽和度と冷却時間を核生成理論に与えて、ナノサイズの水の表面自由エネルギーと付着確率を得られるようになった。2)従来よりも3-4桁多い水分子でシミュレーションを行い、従来よりも大きな臨界核まで、その生成に必要なギブスの自由エネルギーを算出することに成功した。これにより、実験と同様にナノサイズの水の物理定数を得られるようになった。3)電子線による損傷や温度上昇などの影響を評価することに成功し、軽元素からなるタンパク質の様な電子線に弱い有機物の観察条件を確立した。また、タンパク質のリゾチームを用いて、新しい核生成モデルを提案できた。この成果をまとめた論文を現在投稿中である。
1: 当初の計画以上に進展している
交付申請書提出時点においては、3)核生成の透過電子顕微鏡(TEM)中その場観察実験を実施するための現有装置の修理と整備を行い、さらに電子線ストッパーを導入するなどの改良を加える予定であった。しかし、実際に修理を試みたところ、不具合は致命的で、直せなかった。前例のない不具合で、見積もりの段階では予測できなかった。また、8月の国際顕微鏡学会で得た最新の研究動向から、本研究課題の遂行には、高感度のCMOSカメラと、走査機能付きの電界放出型電子顕微鏡システム(FE-TEM)の新規導入が非常に有効であることが分かった。そこで、本研究を飛躍的に進展させるために、前倒し使用申請を行い、FE-TEMを導入した。前倒しで導入するFE-TEMの基本性能は、現有TEMより著しく高く、別途購入予定であった電子線ストッパーも搭載した。CMOSカメラの使用により、従来より二桁高速で核生成を観察でき、電子線走査機能により、結晶の電子線損傷を著しく低減できる。これにより、核生成のTEM観察は、本年度の当初計画以上の成果が得られた。
H28年度は、1)の気相からの核生成実験に注力する。導入予定の位相シフト高速度カメラは、開発会社との共同研究が決まり、低コストで高機能な機器を使用可能になった為、当初計画以上の成果を得られる見込みである。FE-TEMでは、3)のナノ結晶の溶解析出実験を行う。研究計画では、結晶表面に形成する水和層の役割を調べることが主になっており、ここでも、前倒しによって導入した装置が持つCMOSカメラと走査機能の為に、結晶表面をより高分解能かつ低電子線量で効率よく観察でき、期間を通して継続的に当初の計画以上の成果が得られる見込みである。H29年度以降はイオン液体中で比較実験を行い、水和層の役割を調べることに注力する予定である。1)と3)の結果を合わせ、ナノ結晶と水の界面エネルギーを算出する。また、これまでの結果を元にナノ領域の物性と水和層を考慮した核生成モデルを構築する。2)の計算機シミュレーションでは、従来よりも数桁多い分子を用いたシミュレーションを行い、従来よりも大きな臨界核まで、その生成に必要なギブスの自由エネルギーを算出し、実験と比較検証を行う。その結果として、ナノ領域の物性と水和層を考慮した核生成モデルを構築する。
すべて 2016 2015 その他
すべて 国際共同研究 (4件) 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 2件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (24件) (うち国際学会 11件、 招待講演 6件) 備考 (5件)
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