研究課題
理論と実験が密に連携することにより、生命システムの定量的法則を抽出し、可塑性とロバストネスを記述する、マクロ状態論を構築する研究を進めた。理論では昨年度に続き指数関数成長状態の低次元記述だけでなく成長しない静止期の状態への転移を進め、実験では進化や適応をとおしての細胞状態が少数変数で記述する結果が得られた。より具体的な成果は以下のとおりである。(1)適応と進化の状態論:多成分反応ダイナミクスを持つ細胞モデルの進化シミュレーションの結果、表現型変化が、進化により低次元の状態空間に拘束されることを見出し、それを摂動への頑健性と進化可塑性に基づく理論で説明した。さらに、またこの理論を進化的変化にもあてはめ実験を説明した。一方で微生物は指数関数的成長と死以外に、栄養が不足すると休眠状態(静止期)に至る。簡単な細胞の反応モデルを導入、指数関数成長から静止期への転移の理論を与えた。(2)バクテリア進化の低次元記述:これまでに進化実験で取得した様々なストレス耐性大腸菌について、トランスクリプトーム解析とゲノム変異解析を行い、それらのデータから進化ダイナミクスを記述するマクロ状態量の抽出を試みた。その試みの一つとして、PLS回帰を用い遺伝子発現量に基づくストレス耐性能の予測モデルを構築したところ、9程度の因子に射影された発現量によって耐性能が定量的に予測出来ることを見出した。(3)ラマンによる細胞状態抽出:細胞内の網羅的遺伝子発現情報であるトランスクリプトームと、細胞ラマンスペクトルのあいだに対応関係があることを見出した。この関係を利用して、ラマンスペクトルからトランスクリプトームを細胞を破壊することなく取得できることを明らかにした。さらに、核様態を1細胞レベルで可視化し、薬剤に順応する細胞系列では、核様態がコンパクト性を回復することを明らかにした。
1: 当初の計画以上に進展している
生物の普遍的性質を抽出する研究を理論、実験で着実に進めた。各項目では(1)適応と進化の状態論:静止期の細胞に栄養を与えて細胞が成長を回復するにはラグタイムといわれる時間がかかる。今まで、この転移の理論は皆無であった。我々の理論の結果、ラグタイムが飢餓条件に置かれている時間の平方根に比例して増加すること、そして分子数の揺らぎを考慮するとラグタイムの細胞ごとの分布が長い裾を持つことを示した。これらは近年の実験でと一致し、さらにラグタイムの飢餓条件依存性の予言も与えられた。これは「理想気体」的細胞モデルから「van der Waals」型への展開を与えたとも言える大きな進捗である。(2)バクテリア進化の低次元記述:進化実験で得られた結果の解析は、様々なストレス環境への進化ダイナミクスが、比較的低次元の表現型変化によって記述可能であることを示唆している。これは本研究計画の目標である、細胞を少数変数で記述するマクロ状態論構築のための大きなサポートとなる。(3)ラマンスペクトル-トランスクリプトーム対応細胞内のグローバルな発現状態を非破壊的に評価できる可能性を見出すとともに、細胞内の発現動態の低次元性をこれまでとは全く異なる角度から示すことを与えている。また、この手法を用いた解析の結果、細胞の分子構成の変化に、リボソームのリモデリングやリサイクルが強く寄与していることが示唆されるなど大きな成果である。以上のように、予定以上の進捗がみられた。
課題①大腸菌1細胞計測系を用いた表現型揺らぎに基づく環境適応ダイナミクスの解析:引き続き、大腸菌が抗生物質に対して表現型レベルの耐性を獲得する現象の一般性および背景機構の理解を目指す。まず、現象の発生と与えるストレス種の関係を明らかにするため、これまで用いてきたクロラムフェニコールとは作用機序が異なるストレプトマイシンやアンピシリンなどの抗生物質に対する耐性獲得を調べる。また、リボソーム制御に関わるリボソーム・コンポーネント、および関連するノンコーディングRNAの挙動を1細胞計測により明らかにする。さらに、適応進化過程を、ラマン空間、およびそれと対応するトランスクリプトーム空間内での細胞の状態変化と捉え、その特性を理解する。課題②様々な環境下での大腸菌の進化実験を用いた表現型・遺伝子型の網羅的定量:昨年度までに得られた、ストレス耐性株のトランスクリプトーム解析とゲノム変異解析のデータを統合することにより、表現型と遺伝子型の対応を記述するマクロ状態量の抽出を行う。その解析に基づいて、環境摂動や遺伝子摂動に対して進化ダイナミクスがどのような影響を受けるかを予測する手法を構築し、大腸菌進化実験を用いて検証する。課題③触媒反応ネットワークモデルのシミュレーションから進化により、遅い少数モードが形成されることを確認したので、それが現れる仕組みを求め、一般性を議論する。この遅いモードの進化的意義を明らかにする。また、一般に細胞内の反応システムが遅い緩和過程をつくる仕組みを物理のガラス理論との関係で明らかにする。第2に指数関数的に成長できる細胞複製系が化学反応系からいかに誕生し進化可能性を有するに至ったかを、物理の対称性の自発的破れと関連づけて理解する。第3に細胞の適応の理論を進めて可塑性とロバストネスの関係を議論する。
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