研究課題
本研究の目的は,細胞内膜系の動態に着目して,植物の環境応答能力を解明することにある.これまでに,代表的細胞内膜系である小胞体が,環境や生育段階に応じて様々なオルガネラを派生させることがわかってきた.当該年度は,私たちが発見・命名した2つの小胞体由来オルガネラについて予想外の進展があった.ERボディに集積するβ-glucosidases (BGLU23,BGLU23)の天然基質として各種glucosinolates(液胞に蓄積)を同定し,ERボディ系が単一の細胞の破壊でカラシ油を放出し,昆虫の食害から身を守っていることを証明した.単細胞型化学防御の成立には,小胞体で合成される酵素の液胞(基質蓄積部位)への漏出を防ぐ仕組みが必須となり,これを支える因子としてNAI2を同定した.驚くべきことに,2つの遺伝子(NAI2とBGLU23)の導入により,アブラナ科以外の植物にもERボディを形成誘導することができた.進化の過程でこれらの遺伝子を獲得することで,アブラナ科植物はERボディ系化学防御機構をもつことができたと考えられる.シロイヌナズナの葉にステロールエステルを集積するオルガネラを発見し,SEボディと命名した. SEボディを大量にもつ変異体(hise1)とその原因遺伝子産物HiSE1の解析から,ステロール過剰集積を防ぐ2段階の技を解明した.第一に,HiSE1は,ステロール合成の律速酵素HMG-CoA還元酵素の量を調節し,ステロール生成量を抑制する.第二に,ステロールが過剰になった場合は,無毒なステロールエステルに変換して,SEボディに集積・隔離する.即ち,植物は,ステロール合成抑制系と過剰ステロール隔離系によってステロールの恒常性を維持していることがわかった.この発見は,動物のステロール量の制御系分野の研究にも貢献できると考えている.
2: おおむね順調に進展している
植物栽培室の問題(下記)のため,当初予定していた環境応答調節を担うStraightening機構の研究は遅れがあり,最終年度(令和1年)の研究費の一部を次年度に繰り越し,研究を継続する予定である.この状況下でも,Straightening関連変異体を複数得ることができたことから,分子機構の解明に向けて進展があった.一方,小胞体から派生する植物のオルガネラに注目した研究では,培地で生育させた幼植物体が実験対象であったことから,植物栽培室の不具合の影響は受けることなく研究を進めることができた.「研究実績の概要」に記載の(1)ERボディによる単細胞型化学防御機構の解明については,当初の目的を達成した.また, (2)新たな小胞体由来のオルガネラ(SEボディ)の発見とその機能解明については,当初の計画以上の進展と言える.従って,研究は,順調に進展していると判断した.<植物栽培室の問題>本研究課題では,主要な実験材料としてモデル植物シロイヌナズナの栽培が必須である.初年度(平成27年度)は,研究代表者の所属機関(京都大学)の植物栽培室を利用して研究は順調に進展した.しかし,平成28年度4月の研究代表者の移籍に伴い,シロイヌナズナ各種ラインを京都大学から甲南大学理工学部の栽培室に移したところ,原因不明の深刻な植物の生育不良が起こった.成長させた健全な植物体が必須となるStraighteningの研究では,突然変異体の確立とマーカーを導入した形質転換体の作製が困難となり,研究に若干の遅れが生じた.平成29年度は,植物栽培室の利用は断念して,人工培養機を新たに設置して対処したが,実験に必要な個体数の確保が難しい状態が続いた.その後も,空調機の入れ替えに伴ったカビの蔓延に見舞われた.平成31年度(令和1年度)は,甲南大学の別棟の居室を実験室に改造して,人工培養機の追加設置を行った.
最終年度(令和1年)の繰り越し研究費を用いて,下記の研究を継続する予定である.小胞体由来のERボディが構築する単細胞型化学防御機構について,昆虫の嗅覚を介した摂食行動からER bodyの生理学的機能を解析するための実験系を確立した.これを駆使して,植物-昆虫間の化学的相互戦略の進化に視点を置き,毒性物質シアンを放出する祖先型化学防御機構からの化学防御の進化の理解を目指す研究を継続する.新たに発見した小胞体由来の新規のオルガネラ(LNPボディ)の機能解明を行う.さらに,これまでに複数の小胞体由来オルガネラを見出してきたことを受けて,環境や生育段階に対応して様々なオルガネラを派生させる小胞体の能力の理解を深め,細胞内膜系動態が支える植物の環境応答能力の解明につなげたい.植物栽培室の問題は完全には解決されていないが,増設した人工培養機を用いて,環境応答調節を担うStraightening機構の研究を継続する.今後は,関連因子の同定を進め,それぞれの機能解析を通して,Straighteningにおける器官屈曲の感知(深部感覚)と屈性調節制御(細胞のブレーキ発動)の2つの素過程の分子機構の解明を目指す.
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