研究課題/領域番号 |
15H05778
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
藤原 晴彦 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (40183933)
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研究期間 (年度) |
2015-05-29 – 2020-03-31
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キーワード | 超遺伝子 / supergene / シロオビアゲハ / ナガサキアゲハ / ベイツ型擬態 / doublesex / 擬態紋様形成 / ゲノム再編成 |
研究実績の概要 |
体表の紋様や体色により捕食者を撹乱する擬態は広範な生物種に認められるが、その形成メカニズムはよくわかっていない。擬態のような複雑な適応形質は1遺伝子の変異ではなく、染色体上の隣接遺伝子群「超遺伝子(supergene)」が制御しているという仮説がある。我々はシロオビアゲハのベイツ型擬態の原因が130kbに及ぶ染色体領域にあり、さらに染色体の逆位によってその領域が進化的に固定されていることを見出した。そこで、本研究では複数のアゲハ蝶をモデルとして(1)supergeneの構造と機能、(2)染色体上のsupergeneユニットの出現と安定化機構、(3)近縁種でのsupergeneの進化プロセスを解明する。転移因子の関与なども含め上記の結果を統合し、ゲノム再編成による擬態紋様形成機構を体系的に解明することを目的とした。 本年度は、RNA-seq法によって網羅的に解析したシロオビアゲハの擬態型doublesex (dsx)下流遺伝子のうち、重要と思われる遺伝子群の機能解析を行った。その結果、擬態型に特徴的な赤色スポットの形成に関与する遺伝子群、それとは逆に非擬態型の紋様形成に関与する遺伝子を同定した。一方、擬態型と非擬態型dsxの個体の成育、発生、致死率などに与える影響を調べたところ、dsxをホモで持つ個体に顕著な影響が見られた。ナガサキアゲハの複数の個体の完全長ゲノム解析を行い、GWAS法によりベイツ型擬態の原因遺伝子領域を同定した結果、シロオビアゲハとほぼ同じ領域が擬態の原因遺伝子座となっていることが判明した。原因遺伝子領域は擬態型と非擬態型で大きな配列上の違いをもった超遺伝子構造をしていたが、シロオビアゲハとは異なり染色体逆位が存在しなかった。他の結果ともあわせ、近縁種であるシロオビアゲハとナガサキアゲハの擬態原因遺伝子は独立に平行進化した可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)擬態supergeneの構造と機能: シロオビアゲハの翅で発現している3種類のdsxアイソフォームの発現パターンを解析したところ、アイソフォーム3(F3)のみが擬態型♀の翅で強く発現していた。また、3種類のdsxアイソフォームを擬態型♀でノックダウンするとF3に対するsiRNAでのみで擬態形質(特に赤い斑紋形成)が抑制され、アイソフォームF3が擬態形質を主に誘導していることが判明した。擬態型♀の翅で擬態型dsxHを部分的にノックダウンした個体を複数作成し、導入部と非導入部間のRNAseqを比較したところ、複数の転写因子やシグナル経路上流の遺伝子の発現量に大きな差が見られた。 (2)擬態supergeneユニットの出現と安定化機構: ナガサキアゲハでは染色体逆位がないにもかかわらず擬態型(A)と非擬態型(a)でsupergene間の組換えが抑制されており、シロオビアゲハとは異なる機構によりsupergeneの種内多型が出現し、安定化したと考えられる。逆位構造の有無や配列の相同性の大幅な相違から見て、ナガサキアゲハとシロオビアゲハは独自に進化した(平行進化)と考えられる。 (3)近縁種ナガサキアゲハにおける擬態supergeneの解明: ナガサキアゲハ擬態型♀6匹、非擬態型♀4匹の全ゲノム配列を決定しGWASを行ったところ、擬態の責任領域は第25連関群のdsx遺伝子近傍にあることが明らかになった。シロオビアゲハと異なりdsxの右隣Nach-likeにも多型が生じていた。多型遺伝子は擬態型で強く発現し、興味深いことに多型性の見られるUXT/5’UTR, dsx, Nach-likeに至る領域では、組換えはその外側に比べて大幅に抑制され、また擬態型にリンクしたFst値も外側より高かった。以上のデータはこの領域がsupergeneを形成していることを強く示唆した。
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今後の研究の推進方策 |
現時点では、supergene内部の遺伝子の機能解析に関しては、エレクトロポレーションを利用したEMST法により標的遺伝子のsiRNAを導入してノックダウンしているが、dsx以外の遺伝子では表現型の変化は見られていない。EMST法は蛹以降の時期しか機能解析ができないが、これらの遺伝子はより早い発生時期に機能している可能性が考えられるため、Crispr/Cas9による標的遺伝子のノックアウトを行う。現時点で導入やコンストラクトなどの最適条件設定はほぼ終了しており、今後のプロジェクト期間内に一定の成果が得られると見込んでいる。一方、dsxの機能に関しては、擬態形質は擬態型と非擬態型のアミノ酸配列の違いではなく、擬態型dsxの雌翅特異的な発現誘導によって生じている可能性が示唆されている。そこで、非擬態型個体でdsxHの強制発現を行って擬態形質が出現するか、さらにその発現に関与するシス制御領域の解明を目指す。一方、ナガサキアゲハ擬態型は日本国内に生息しておらず入手が困難な状態だった。平成30年度にはこれまで共同研究を行ってきた古俣博士に本研究プロジェクトのPDとして加わってもらう予定にしており、ガサキアゲハの入手と飼育に関する問題は解消すると思われる。これにより、シロオビアゲハとナガサキアゲハの間で分子機構や進化プロセスのより詳細な比較が可能になると期待される。
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