脳が一度に処理できる情報量には限りがあるため,重要なイベントがいつ起きるかを予測し,その時点において情報の取捨選択をする機能は非常に重要である。研究開始当初の目的はこのような時間予測に基づく選択的注意の神経メカニズムを、行動、脳波、単一細胞記録の複数の方法を用いて多角的に検討することであった。しかしこの目的を達成するために、まずはサルがどのように未来の時間を予測しているか、あるいはそのような予測が可能なのかどうかを明らかにする必要があった。また同様に、サルにおける時間処理についてヒトとの異同についても検討の余地があった。そこで研究の目的を時間処理そのものについてサルとヒトの違いを明らかにすることとし、実験的検討を行った。まずヒトとサルの自動的な時間処理を探るために,ミスマッチ陰性電位を記録したところ,ヒトでは音の高さ,色,刺激の時間長の逸脱に対して明瞭な陰性電位が記録されたのに対し,サルでは刺激の時間長のみでミスマッチ電位が観察されず,音声的なコミュニケーションに重要な時間長の知覚処理はヒトとサルで異なる可能性が示唆された。次に能動的な時間計測に関わる課題として,左右に一定間隔で交互に現れる視覚刺激に対して眼球運動を同期させる同期サッカード課題をサルに訓練した。結果としてサルは同期運動を学習したので,課題遂行中のサル小脳歯状核より単一細胞記録を行ったところ,同期運動が崩れた際に活動が増強するタイプの神経細胞があり,このような活動が同期運動時の微調整に関わっていると考えられた。本研究により,サルとヒトの脳内時間計測システムの異同および計時に関わる脳活動の一部が明らかになった。
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