平成28年度の研究実績としては、2016年10月22日に日本独文学会2016年秋季研究発表会において、「『歌』から『指環』へのハーゲン像の変化」と題して口頭発表を行った。13世紀の中高ドイツ語の叙事詩『ニーベルンゲンの歌』と、19世紀のヴァーグナーのオペラ『ニーベルングの指環』4部作は、ニーベルンゲン伝承における双璧であるといえる。そして現代のニーベルンゲン伝承においては、ヴァーグナーによって創作された設定やエピソードの影響の大きさを無視することはできない。元来『エッダ』の「ニヴルング族の殺戮」や、『シズレクスサガ』のニフルンゲン国という名称が示すように、ニフルング=ニーベルングはブルグント族を指し、ニーベルンゲン伝承とはブルグント族の滅亡までを語るものであったと考えられる。しかし現在のニーベルンゲン伝承においては、英雄ジークフリートの死をもって結末とするヴァーグナーの『指環』型の作品が目立つ。それにともないニーベルングの意味も元来のものとは変化している。この発表では、このヴァーグナーによる新たなニーベルンゲン伝承におけるハーゲン像について論じた。その結論としては、以下の2点があげられる。 1. ヴァーグナーは独自の芸術理念に基づき、ニーベルンゲン伝承の様々なバリエーションから素材を取捨選択しながら、英雄ジークフリートを主人公にした創作を行った。そのジークフリートの敵対者として、『歌』においてジークフリートの敵対者でありかつ悲劇的英雄であったハーゲンには、「ニーベルング(のアルベリヒ)の息子」という新しい設定が与えられた。 2. 古い伝承ではほぼブルグント族と同義として扱われていた「ニーベルング族」が、ブルグント族から引き剥がされ、現代一般的な解釈であるニーベルング族=小人族のイメージを定着させた。ハーゲンのみが人間の世界にあって「ニーベルングの息子」を名乗ることになる。
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