高齢者を対象とした研究においては、歯の喪失に伴う咬合機能の低下と、認知機能の低下を主症状とする認知症・アルツハイマー病の発症に相関が認められることが報告されている。さらに近年、咀嚼機能の低下は、末梢神経系のみでなく中枢神経系においても機能低下をもたらすことが報告されている。空間認知機能・記憶学習機能を司る器官は海馬であり、ニューロンの結合を制御し、分化・生存を促進する神経栄養因子であるBDNFおよび、その受容体TrkBの結合が海馬神経活動の活性化には不可欠であると考えられている。マウスを用いた研究において、咀嚼刺激低下が、行動学的な記憶・学習機能障害、生化学的なBDNF/TrkB signalingの障害、組織学的な海馬錐体細胞数の減少を呈するとの研究結果を第74回東京矯正歯科学会にて口演を行い、優秀発表賞を受賞し、更には第18回日本矯正歯科学会学術奨励賞を受賞した。つまり、咀嚼刺激低下が記憶・学習機能低下をおよぼす影響に関して、より掘り下げた研究が必要性が実感された。 近年、Wnt signal pathwayと記憶・認知機能低下を主症状とするアルツハイマー病との関連が注目されている。Wnt signal pathwayとは、神経保護作用、神経分化およびシナプス形成に関連する経路であり、神経組織形成において重要な役割を担っている9)。Wnt signal pathwayの活性化に伴い、ニューロンおよびグリア細胞におけるBDNFタンパクの発現が増大することが報告されている。BDNF/TrkB signalingに関連するWnt3aおよび長期記憶の関連物質であるCaMKⅡαの発現量変化を評価し、BDNF/TrkBsignalingに障害をもたらす要因の分子伝達経路を検討することは、今後推進すべき重要な研究分野と考えられる。
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