咀嚼機能低下が中枢神経系において、機能低下をもたらすことが明らかになりつつある。咀嚼機能低下と、記憶・学習機能の低下を主症状とする認知症・アルツハイマー病の発症に相関が認められることが報告されている。したがって、咀嚼刺激低下と海馬の機能変性に関するメカニズムを解明することは、社会的にみても重要な研究分野である。中枢神経系において空間認知機能・記憶学習機能を司る器官は海馬であることが報告されている。海馬の成長・発達に伴い記憶・学習能力は向上するが、それには、neurotrophin familyの一つであるbrain-derived neurotrophic factor (BDNF) が重要な役割を果たしている。BDNFは、成長期および成人の末梢・中枢神経系においてニューロンの結合を制御し、分化・生存を促進する。さらに、BDNFは海馬における長期記憶関連分子であるCaMKⅡαのリン酸化による記憶・学習機能の増強にも寄与するとの報告もなされている。先行研究より、咀嚼刺激低下がBDNFの発現上昇、TrkBの発現低下、ならびに行動学的な記憶・学習機能を障害するとことが報告されている。近年、Wnt signal pathwayと記憶・認知機能低下を主症状とするアルツハイマー病との関連が注目されている。Wnt signal pathwayの活性化に伴い、ニューロンおよびグリア細胞におけるBDNFタンパクの発現が増大することが報告されている。さらに、骨格筋の筋活動の低下により、海馬におけるWnt3aの発現が低下するとの報告もされており、咀嚼筋活動の低下がWnt3aの低下をもたらす可能性が考えられた。Wnt3a (Wnt signal pathway) およびCaMKⅡαの発現量変化を生化学的に評価し、海馬組織変性の分子伝達経路を解明していくことを検討した。
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