研究課題
聴覚を感知する内耳蝸牛は、細胞外液であるにも関わらず150 mMの高カリウム濃度と+80 mVの高電位をを示す「内リンパ液」で満たされている。この体液のpHは7.4である。内リンパ液の特殊なイオン・電位環境は、内耳機能に必須であり、上皮組織である血管条を介したK+の一方向性輸送により維持されている。K+輸送はナトリウムポンプが主体であるため、莫大な酸素が消費され、多量の呼吸酸(H+)を生じる。H+の濃度制御は、蝸牛の上皮組織の恒常化や正常なK+輸送の維持に不可欠であると予想されるが、その詳細は殆ど謎である。特に蝸牛の上皮組織は、体内で最も高いATPase活性を示すと言われており、そのpH制御系は内耳機能の維持に重要であるに違いない。本研究では、内耳の上皮組織におけるpH制御系の分子基盤とそのシステムの解明を目的とし、本年度は以下の知見を得た。1.蝸牛で機能するpH制御性タンパク質の候補分子の抽出蝸牛血管条では、複数種の炭酸脱水酵素をはじめとして、細胞内の酸塩基平衡に関わるタンパク質は幾つか重要なものが同定されているが、形質膜に分布するpH制御性輸送タンパク質は十分に見出されていない。今回、共同研究者である永森が開発した網羅的プロテオミクス法により、血管条「膜」画分の質量分析を施行した。その結果、3236種類のタンパク質(この内、膜タンパク質は1807種類)が同定された。IKBデータベースとの照合により、513種類が「原形質膜」タンパク質であり、20種類のpH制御性タンパク質を含む、25種類のイオンチャネルと79種類のトランスポーターを見出した。2.pH制御性タンパク質の発現確認血管条膜画分を精製し、質量分析結果の整合性を評価した。血管条での発現が報告されているBarttinやKir4.1に加え、今回の質量分析で初めて見出したLAT2やCD98hcの発現をウエスタンブロットにより確認した。
2: おおむね順調に進展している
当初予定していた網羅的質量分析結果の解析をほぼ予定通り遂行することができ、その結果、血管条の原形質膜に発現する25種類のイオンチャネルや79種類のトランスポーターを同定できた。本研究結果をふまえ、次年度にはin vivo電気生理実験を遂行する予定である。また、質量分析結果のうち、16種類のイオンチャネルと62種類のトランスポーターは、本研究で初めて血管条での発現を報告するものであり、血管条のpH制御機構解析のみに囚われることなく、様々な内耳機能解析研究への波及効果も大いに期待される。
1.pH制御性輸送タンパク質の蝸牛液酸塩基平衡への寄与の解析今回の研究で確定された輸送体や血管条での発現が既に報告されている輸送体が、内リンパ液のpHへ如何に影響を与えるかを検討する。電気生理実験において蝸牛へのアプローチが比較的容易であるモルモットを生きた状態で使用する。2層構造を示す血管条の構成細胞の膜表面は、外リンパ液、もしくは血管条内を走行する血管に面している。従って、各々の輸送タンパク質を不活性化するため、特異的な阻害薬をモルモットの外リンパ腔、または血管内に投与する。その条件下にて、微小pH電極により経時的に内リンパ液のpH動態をin vivo測定することで、蝸牛酸塩基平衡における当該タンパク質の生理的役割を検討する。さらに、血管条のK+輸送は内リンパ液の電位や血管条のK+濃度の決定因子である事実に基づき、これらのパラメーターが上記のpH制御性タンパク質の阻害薬投与時に如何に変化するかを、微小K+電極で検討する。2.血管条におけるpH制御システムの破綻に立脚する内耳疾患の解析の準備メニエール病やめまい治療に用いられるNaHCO3溶液(メイロン)は、臨床上、大きな効果が得られるが、内耳へどのように影響するかは不明である。pH微小電極により、NaHCO3溶液の静脈投与に対する正常動物の外・内リンパ液のpH動態をin vivoにおいて測定すると共に、無酸素時の呼吸性アシドーシスや高K+血症時の代謝性アシドーシスなどの病的条件におけるNaHCO3溶液の効果も評価する。それらの結果を総合することで、NaHCO3溶液が本研究で見出された輸送タンパク質のうち、どれにどのように作用するかを理論的に考察し、内耳に対する薬理学的機序を理解する。
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