研究課題/領域番号 |
15H06296
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
下條 尚志 京都大学, アジア・アフリカ地域研究研究科, 研究員 (50762267)
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研究期間 (年度) |
2015-08-28 – 2017-03-31
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キーワード | 東南アジア / 河川・海域 / 戦争 / 生存 / 近代国民国家 / 難民 / 越境 / 非合法ルート |
研究実績の概要 |
本研究は、20世紀に長期的な戦争を経験したベトナム、カンボジアの人々が、いかなる人間関係に頼り生き残りを図っていたのかという問題について、東南アジア大陸部各国をつなぐメコン河流域とシャム湾沿岸部という空間に着目して考察するものである。本研究を通じて、近代国民国家が膨張した20世紀でも、動乱期には、国家体制を掘り崩す政治権力の空白地帯が各地に拡がり、人々の生存ルートが生成されていったことを明らかにする。 平成27年度の成果は、以下3点挙げられる。 第1に、本研究の基盤となった報告者の博士論文『統治と生存の社会史―ベトナム南部メコンデルタの戦争と社会主義』が京都大学アジア・アフリカ地域研究科の審査で受理され、報告者は2015年7月に博士号を取得した。博士論文では、メコンデルタのソクチャン省フータン村に焦点を当て、そこの住民達が、20世紀後半の戦争や社会主義による政治的混乱のなかで、国家政策にどのような対処をし、危機的な状況のなかでいかに生存を確保しようとしていたのかを解明した。 第2に、博士論文の前半部分をさらに発展させるために執筆した「脱植民地化過程のメコンデルタにおけるクメール人の言語・仏教・帰属」が、『アジア・アフリカ地域研究』15(1) pp.20-48 に掲載された。この論文では、フランス植民地時代が終焉した20世紀半ばに、メコンデルタのクメール人が、ベトナムとカンボジアという2つの国家とどのように関わらざるを得なくなったのかついて分析した。 第3に、本研究の基本的な枠組みを、『越境する「弱者たち」の語り―メコンデルタ多民族社会の戦争と現在』としてまとめ、2016年10月にブックレットという形式で刊行する予定である。本書では、19世紀末から21世紀までという長期的な時間軸のなかで、メコンデルタで生じてきた広域的な人間の移動と地域社会の再編をめぐる人々の語りを分析した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究は、ベトナム、カンボジア、さらにタイという広域的な空間を対象とする研究であり、多くの調査研究時間を必要とする。2015年度において、報告者は、7月まで本研究の基盤となる博士論文の執筆に追われ、本研究に関連する調査研究活動を十分に遂行することができなかった。 報告者は、2015年11月にメコンデルタ沿岸部ソクチャン省フータン村、ベトナム―カンボジア国境付近のチャウドック、チトン県、ティンビエン県、また2016年1月に再度フータン村でフィールドワークを行った。この調査では、1970年代後半に、ベトナム―カンボジア国境付近で生じていた紛争や、それが地域社会にもたらした影響、また華僑・華人商人の国外脱出に関する貴重な情報を得ることができた。しかしながら、それらの情報はまだ断片的であり、今後はより多くの地域と住民達を対象にインタビュー調査を行う必要がある。また、当初2015年度中に行う予定であったカンボジアでの現地調査はまだ実現できていない。 文献史料調査については、ホーチミン市第二公文書において、フランス植民地時代や南ベトナム政府時代のメコンデルタにおける政治社会状況に関する史料を入手することができたが、それら史料によって得られる情報は、ベトナムのものに限定されていた。 これらの調査で得られたデータは、「研究実績の概要」で挙げた投稿論文やブックレットで発表したものの、全国規模の学会誌や、著名な国際学会でこれらの成果をまだ発表していない。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策としては、20世紀の動乱期に生じていた国境を越えた範囲での人々の移動についてさらに考察を深めるため、本研究の当初の予定どおり、カンボジアやタイにまで調査範囲を広げていく予定である。調査予定では、カンボジアの国境付近のタケオ州やラタナキリ州、また首都プノンペンやカンボジア第2の都市バッタンバン、さらにかつて難民キャンプが設置されていたタイのサケオ県などにおいてフィールドワークを実施し、ベトナムからカンボジア、タイまで、メコン河流域で生成されていた非合法ルートを利用して逃亡を図っていたランドピープルの人々について情報を収集する。さらには、ベトナムにおいてシャム湾に面した港町ラックザーやハーティエン、カンボジアの港町コンポンソムなどにおいてもフィールドワークを行い、海域ルートの全体的な状況を明らかにし、ボートピープルと呼ばれた人々が、いかなる人間関係に頼ってどのように移動していたのかについて考察する。 日本国内では、文献史料と突き合わせながら、以上の調査で得られた情報について分析を進める。これまでは主にベトナム語史料を分析してきたが、2016年度には、クメール語やフランス語の史料の分析を進め、ベトナム、カンボジア両国で起こっていた人間の移動という現象を、包括的に捉えることを試みる。 以上の調査研究で得られた成果は、2016年12月の東南アジア学会において報告する予定である。さらには、学会での意見やコメント、批判を踏まえ、2017年1~3月の間に、英文学術誌 Southeast Asian Studiesにおいて発表する。
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