研究課題
Wnt/β-カテニンシグナルは主として遺伝子発現を介して細胞機能を制御し、一方で Wnt5a シグナルは直接的に細胞骨格や細胞極性を制御し、発生における器官形成や癌の浸潤・転移に関与することが知られている。しかし最近、細胞増殖や炎症応答制御にも Wnt5a が関与することが報告され、Wnt5a シグナルによる遺伝子発現を介した細胞機能制御機構の存在が示唆されているが、その詳細については不明な点が多い。そこで野生型マウスの胎仔で Wnt5a が高発現し、かつ Wnt5a ノックアウト(KO)マウスの胎仔で重篤な発生不全の表現型を示す四肢末端及び顔面において、マイクロアレイ法を用いて Wnt5a KO マウスで発現変動を認める遺伝子を複数同定した。それらのうち、組織特異的また薬剤により時期特異的(conditional)に Wnt5a を成体で KO できるマウス(Wnt5a cKO マウス)の心臓や肝臓で、発現変動を認めるものがあることを確認した。一方、精製 Wnt5a を細胞に作用させたり、Wnt5a を発現抑制しても、それらの標的候補遺伝子の発現は変化しなかったことから、Wnt5a による直接的な遺伝子発現制御シグナルの存在の確認は困難だった。そこで Wnt5a シグナルの解析と並行して、Wnt/β-カテニンシグナルの標的遺伝子にも注目し、Wnt による細胞増殖制御が癌等のヒト疾患に関与する新たな機構を解明することを第二の目的とした。これまでに当研究室で同定した、Wnt/β-カテニンシグナルと EGF/Ras シグナルが同時協調的に活性化することで発現誘導される低分子量 G 蛋白質、ADP-ribosylation factor(ARF)-like 4c(Arl4c)に着目し、各種ヒト癌における発現や Arl4c の発現抑制が癌の細胞増殖に与える影響を解析している。
2: おおむね順調に進展している
二年間の研究期間のうち、初年度はマイクロアレイによって同定された Wnt5a シグナルの標的遺伝子候補のうち、細胞増殖や分化に関与することが知られている Egr-1 や c-Fos が、Wnt5a cKO マウスの心臓や肝臓で、発現減少していることを確認することができた。一方で、各種細胞に精製 Wnt5a を作用させたり、Wnt5a を発現抑制しても、それらの標的候補遺伝子の発現変動に対する影響を確認できなかった。そこで上述の Arl4c に着目し、細胞増殖に影響を与える新規の Wnt シグナルを解析した。Arl4c は上皮細胞集団の形態変化と活発な増殖を介して管腔形態形成を誘導することに加え、ヒト大腸癌やヒト肺腺癌で過剰発現しており、Arl4c を高発現している大腸癌細胞株において、Arl4c を発現抑制すると、癌細胞の運動能や浸潤能、増殖能が抑制される。私共は、ヒト標本を用いた免疫組織染色によって大腸癌以外の癌組織において Arl4c が過剰発現することを見出した。以上より、当初の計画通りではないものの、Wnt による新たな細胞増殖制御機構の解明へ向けた端緒となる知見を見出しており、概ね順調に進展していると判断した。
初年度の計画を継続しながら、得られた研究成果を基に以下の解析を行っていく。1)精製 Wnt5a によって標的候補遺伝子の発現が誘導できていないことから、薬剤誘導性に遺伝子発現を調節できるレンチウィルスベクターを用いて、Wnt5a の過剰発現による標的遺伝子発現への影響を解析する。2)私共は、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)2.5% 溶液の自然飲水により、マウスの大腸に高頻度に潰瘍形成を誘導できる腸炎モデルにおいて、潰瘍部間質領域で Wnt5a が高発現することを見出している。潰瘍からの腸管上皮の修復過程に Wnt5a シグナルがどのように関与するかを明らかにするために、Wnt5a cKO マウスを用いて潰瘍修復過程に与える影響を検討する。まだ予備実験の段階ではあるが、DSS 誘導性潰瘍からの腸管上皮組織修復過程において Wnt5a シグナルが上皮の修復に関与している可能性が観察されている。そこで、DSS 誘導性潰瘍からの腸管上皮修復過程において、Wnt5a cKO マウスと野生型マウスから大腸組織切片を経時的に採取し、間質領域から分泌された Wnt5a が腸管上皮細胞や線維芽細胞にどのような影響を及ぼすか解析する。上皮細胞や線維芽細胞の増殖における表現型が観察された場合には、既知のシグナル伝達経路の活性化指標となる抗体や細胞増殖マーカーに対する抗体を用いて、上皮修復過程における Wnt5a シグナルの作用機構を解析する。また、DSS 誘導性潰瘍の大腸から単離した上皮細胞、線維芽細胞等の初代培養細胞を用いて、Wnt5a シグナルの標的候補遺伝子の解析を進める。3)Arl4cを高発現している癌細胞株において、Arl4c の過剰発現や発現抑制が細胞運動能や浸潤能、増殖能に与える影響を引き続いて解析する。また、癌における Arl4c の発現制御機構についても検討する。
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The Journal of Clinical Investigation
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