研究課題/領域番号 |
15H06453
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研究機関 | 香川大学 |
研究代表者 |
藤 博之 香川大学, 教育学部, 准教授 (50391719)
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研究期間 (年度) |
2015-08-28 – 2017-03-31
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キーワード | 行列模型 / 分子生物学 / ファットグラフ / RNA行列模型 / タンパク質行列模型 / コード図形 |
研究実績の概要 |
本研究では,量子場の理論の数理の応用的側面に焦点を当てて研究を行い,新たな学際分野を開拓することを目的としている.これまでに量子場の理論の数理に関する研究は,位相的場の理論やランダム行列模型など様々な形で行われ,数学と物理学において数多くの革新的発展と様々な形でのフィードバックをもたらしてきた.本研究では分子生物学などの科学の諸分野へ量子場の理論の研究手法を応用し,新たな数理連携融合分野を切り開くことを目指している. 本研究の中心課題の一つとして,ランダム行列模型に基づく分子生物学の研究が挙げられる.分子生物学において,細胞内にあるRNAやタンパク質の幾何構造の理解は,それらの機能や発現の機構を解明する上で重要な役割を果たすと考えられている.こうした幾何構造の研究において長年研究が進められているのが「構造予測問題」である.構造予測問題とは鎖状構造をなす主鎖構造のデータを元に側鎖の構造(主に2次構造)を予測し,RNAやタンパク質の折り畳み構造を探り当てる問題である.こうした構造予測アルゴリズムは年々その精度を高めており,より進化したアルゴリズムを構築するために,数学の中でも幾何学やトポロジーの手法の応用が求められている現状にある. そこで本研究では,ランダム行列模型に登場する「ファットグラフ」を用いてRNAやタンパク質の幾何構造を特徴付け,構造予測問題に取り組んでいる.RNAの場合,2次構造に含まれない「擬結び目構造」を含めた構造予測に関しては,限定的なものに限られている状況にある.一方でファットグラフを用いて擬結び目構造を表すと,幾何構造の違いは単純にグラフの種数によって特徴付けられることが分かる.そこで現在はファットグラフの手法をRNAとタンパク質の幾何構造の特徴付けに応用し,これらの構造予測に役立てられるモデルを徐々に構築している段階にある.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究では,主にRNAを中心としてコード図形やファットグラフを用いた,幾何構造の数え上げ模型を構築した.この数え上げ模型とは,側鎖(コード図形ではコード)の数,ファットグラフの境界の数,さらにグラフの種数などのデータを固定した上で,主鎖構造から生じ得る全てのファットグラフをの数の母関数を求めるためのモデルである.こうした数え上げ模型はRNAが取り得る配位の幾何構造のアンサンブルを定めるものであり,ファットグラフを特徴付ける幾何的パラメータに対してより現実的な値(例えば,側鎖の数に対しては塩基対間の水素結合エネルギーの値)を当てはめることで統計的に最も実現しやすい安定した配位を決定する模型に発展させることができる.こうした意味において,数え上げ模型はより本格的な構造予測問題に取り組むためのプロトタイプとなるのであるが,本年度はこれらの模型の構築において飛躍的進展が得られた. 本年度の研究で発見した数え上げ模型は,非常に単純なガウス型行列模型の変形として定められ,理論物理学の研究で発展した様々な手法が適用できる.そこでまずはじめにパラメータの数を限定した単純なRNA行列模型に対して,①直交多項式による対角化②位相的漸化式③モンテカルロ・シミュレーションといった3つの手法を応用し,それぞれから整合性を持った結果が得られることを確かめた上で,各解析法の特徴を活かして母関数の解析的・数値的研究を推進した.その結果分かったことは,アンサンブルのみを見ると実際のデータベースよりも多くの配位が現れることを確認し,エネルギーをどのように組み込めばより現実的なモデルに近づけられるかという課題に取り組むための足がかりを得ることに成功した. さらに,ファットグラフの境界の長さのパラメータを入れた模型への拡張にも成功し,その母関数が満たす漸化式(cut and join方程式)を発見した.
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究では,本年度構築した数え上げ模型に対し,各ファットグラフが持つエネルギーを決めるルールを定め,それを元により大規模な数値計算に向けた研究を推進する予定である.これと同時に,RNA行列模型の拡張型模型として「タンパク質行列模型」を構築し,ファットグラフを利用した構造予測問題により本格的に取り組む予定である. RNAのエネルギー模型の構築においては,ファットグラフの境界の長さに応じたエネルギーを導入し,水素結合の数と合わせてファットグラフが持つエネルギーを定めた模型を考える予定である.こうした模型の背景には,擬結び目構造を持たない模型のエネルギー関数は,RNAの中にあるループの長さを短くするようなエネルギーが用いられるが,擬結び目構造に対しては各構造に応じてエネルギーを定めるにとどまり,幾何構造とエネルギーの普遍的関係があまり明らかでない.一方,今回の研究で発見したファットグラフ模型では,通常のループ構造でも擬結び目構造でもグラフの境界の長さは常に定義されるものであり,その長さに応じてエネルギーを定めることは非常に自然なものとなっている.現時点では,このエネルギーの値を定めるための実験結果は存在しないが,データベースと数え上げの関係からエネルギー関数を推定し,現象論モデルの構築を目指している. こうした方向と同時に,ファットグラフ模型をタンパク質の構造解析に役立てられる模型の構築も目指す予定である.現時点で,タンパク質の水素結合の組み合わせから生じるファットグラフを数え上げるモデルの構築に成功している.しかしながらタンパク質の場合,RNAと異なり残基の構造が立体構造の決定に致命的に影響するため,現実的に使える模型を構築するには,水素結合だけでなく残基間相互作用も考慮した模型が不可欠となる.これらの効果を入れた模型を現在構築中であり,エネルギー模型の構築を目指している.
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