本研究は通訳を介した法廷における実際のやりとりから収集した法廷談話と参与者へのインタビュー談話を言語人類学、語用論、社会言語学などのコミュニケーション理論の枠組みで多角的に分析し、法廷通訳人の役割を再考し、「言語弱者」を生み出さない公正な法廷の実現に寄与することを目的とするものである。本年度は、前年度に収集した通訳を介した法廷談話ならびに通訳人へのインタビュー談話に加え、弁護人へのインタビューを実施し、それらを書き起こし、言語イデオロギーやアイデンティティなど社会記号論系言語人類学の観点から分析した。談話分析を通してこれまでに見出された諸相には以下の点が含まれる。法廷において通訳がなされていない時間があるがそれは通訳を必要としない主要言語話者の参与者の意識に上りにくいこと、通訳者が聞き返しを行なうことにより職業通訳としてのアイデンティティを構築していることそして、そのような通訳者の聞き返しの間は通訳の訳出が提供されないことなど、通訳を必要する法廷参与者(被告人)にとってコミュニケーション的に不利な現実が生み出されていることと、このような法廷の現実が参与者の意識に上りにくい傾向があることが、法廷通訳の実践と意識の双方に関わる談話データを収集・分析することによって見い出された。 今後は、通訳を介した法廷における一般的で具体的な(異文化)コミュニケーション上の問題を同定し、範疇化し、「言語弱者」を生み出さない法廷の現実を創生するための法廷通訳人の役割に関して考察を続ける。
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