本研究はアルフレート・デーブリーンの長編小説『一九一八年十一月 あるドイツ革命』を対象とし、亡命期(1933-45)のデーブリーンの神秘思想の解明を目指して、二人の登場人物の視霊体験を分析した。 一人目は実在の革命家ローザ・ルクセンブルクであり、歴史学の研究書やローザの著書を手掛かりに、第一次世界大戦直後のドイツの政治的・経済的状況を把握した後、デーブリーンの描くローザの人物像を分析した。作品内でローザは亡くなった恋人と幻想上の交流を図る。彼女の視霊体験は、神秘の結婚というキリスト教神秘主義の伝統的なモチーフおよび古代ギリシア以来続く霊魂論に関係する。またデーブリーンは、ローザが仲間のカール・リープクネヒトと共に惨殺される日にミルトンの『失楽園』について語り合ったとし、労働者たちの資本家への反抗が、創世記に記される楽園追放、つまり人間の神への反抗と重なるものとする。聖書において楽園追放から人類の歴史が始まるように、デーブリーンは、ドイツ革命から全体主義への道が始まったと見なしている。 二人目は創作上の人物で、戦争中に負傷したギムナジウム教師のベッカーである。彼は戦争のトラウマによるノイローゼに罹り、最初は中世の神秘主義者ヨハネス・タウラーと、次いで霊界からの使者と自称する存在と対話する。これらの視霊体験を通して、彼は戦争責任を問い、「霊界」について考える。そして彼は、ソフォクレスの『アンティゴネー』を授業の題材として取り上げる際に、生者による死者の弔いの重要性を強調する。彼によると、死者の棲まう空間が「霊界」であり、生者は「霊界」との相関関係の中におり、死者に配慮すべきである。この霊魂観と死生観は、デーブリーンの神秘思想の核を成す。 本研究は、デーブリーンの神秘思想をドイツ革命という時代と連動させて解明するという当初の目標を達成した。
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