本課題の研究の結果、総督府の経済政策、試験場における品種改良政策を梃子として一方における製糖会社の大量生産体制の確立、他方における甘蔗栽培農家の所得上昇とが進行したことが明らかとなった。既存の研究では経済政策、企業成長、農家所得の変動が個別的に検討されており、相互関係性に関する検証の必要性については一部で言及はみられたものの、歴史実証的な観点からして単純な指摘以上のものではなかった。したがって各経済主体の関心事、すなわち行政については財政収入、企業については生産拡大(規模の経済性の発現)にともなう利潤の創出、農家については所得上昇が、肥料の配布を契機に既存の支配的品種を刷新して達成されたという点を、一次資料も含む史料にもとづいて解明したことが、本研究の実績といえる。 とりわけ総督府が一方で農家経済の調査・研究を実施し、他方で産業政策の一環として品種改良を実現するための体制を整備したことは、農家はもちろんのこと、企業の研究開発コストを抑制・肩代わりする役割を果たしたという意味で、経済史に限らず経営史的な視角からもても外部環境に関わる論点として無視できない内容となる。しかも第2次大戦以降もしばらく支配的となっていた品種が外国産であったことを考えれば、本研究で明らかとしたことが、世界市場における日本の位置=後発国としての優位性を効果的に利用したことが、植民地を含む帝国レベルの経済成長(植民地からみれば従属的発展)を促す要因となっていたことの査証となろう。
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