研究課題/領域番号 |
15H06724
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研究機関 | 大谷大学 |
研究代表者 |
田鍋 良臣 大谷大学, 文学部, 助教 (90760033)
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研究期間 (年度) |
2015-08-28 – 2017-03-31
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キーワード | ハイデッガー思想における「黒ノート」の位置づけ / ユダヤ-キリスト教批判 / ハイデッガーの神理解・宗教観 / 計算的思考 |
研究実績の概要 |
平成27年度は、「黒ノート」をハイデッガーの思想動向のうちに位置づけることを通じて、彼のユダヤ論の要をなす「計算的思考」の背景を解明することに専念した。研究の結果得られた主な成果として以下の4点が挙げられる。 1.「存在史」や「本質現成」「性起」など、従来は中・後期思想と考えられていた思想が1931-32年の「黒ノートII」のなかで確認できる。2.ユダヤ論は「黒ノートVIII」(1938/39年)以降に登場するが、その重要な要素となる「計算」の問題は、それに先立つ「考察VI」(1938年末)のなかでユダヤ‐キリスト教の神と結びつけられて語られている。3.「計算できる神」と捉えられたユダヤ‐キリスト教の神に対して、ハイデッガーは自身の依拠する神(最後の神、既在の神々)を「算定不可能なもの」として対置する。4.計算可能なユダヤ‐キリスト教の神は近代的世界、とりわけ科学技術的世界観と親和性をもち、他方で算定不可能な神は後の「四方界」の思想に発展していく。
成果1により、従来のハイデッガー解釈が修正される。成果2により、「黒ノート」のユダヤ論の背景にある種の宗教批判を読み取ることが可能となる。成果3と4により、これまで不明瞭であったハイデッガーの神理解・宗教観の解明が進む。
なお研究の一環として、当初の計画にはなかったが、現在指摘されているハイデッガー全集の改竄問題に関しても調査した。マールバッハにあるドイツ文書館で直筆原稿を確認したところ、全集第69巻に収録された1938年頃の文章(一段落)が削除されていた。そこには「反ユダヤ主義的」とみなしうる文言が書かれている。この改竄が編者の独断なのか、誰かの指示によるのかは現時点で判然としない。いずれにせよこのことは、クロスターマン社版ハイデッガー全集の信頼性にかかわる重大な問題であり、引き続き調査・研究を必要とする。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27年度の研究において最も重要なことは、ハイデッガーのユダヤ論を性格づける「計算的思考」の問題をハイデッガー哲学のうちに位置づけることであった。計画では、この問題を同時期の「作為性」の問題や前期の「被制作性」との関係から明らかにするとともに、「計算」と対置される「算定不可能な神」を前期の神話問題の後継として捉える予定であった。 だが研究が進むにつれて、計算的思考の問題の背景にはユダヤ‐キリスト教の神観念(根本原因としての創造主)に対するある種の宗教批判があり、そこに後の技術論や四方界へと発展していく思想の萌芽があることを突きとめた。このことは、「黒ノート」のユダヤ論だけでなく、従来は必ずしも明瞭ではなかった彼の神理解や宗教観を考えるうえで重要な論点であると考えられる。そのため予定を変更して、この問題に関する研究成果を先に発表した。 もちろん、当初計画していた計算的思考と作為性や被制作性との関係、および算定不可能な神と神話問題との関係を解明することは引き続き重要な研究課題であり、平成28年度中にはその成果を発表できるものと思われる。ただしこの間、計算的思考と作為性の関係に関しては、すでにいくつかの研究が発表されている。本研究では、それらの先行研究を踏まえたうえで、いまだ十分に解明されていない論点、すなわち計算的思考の問題が被制作性や神話問題といった前期思想とどのような関係にあるのかについて明らかにしていく。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度は、昨年度の研究成果をもとに、「黒ノート=反ユダヤ主義」という断定の脱構築を目指す。これを遂行するために、以下の2つの研究方策を立てる。 ①「黒ノート」でのユダヤ論の本質が科学技術批判にあることを突きとめる。 昨年度の研究を通じて明らかにしたように、ハイデッガーは、ユダヤ-キリスト教の神の特徴として計算可能性を指摘し、そこに科学技術的世界観とのいわば相互癒着の構造を見ている。ここから、計算的思考に特化したユダヤ論が、ユダヤ-キリスト教批判を背景にしつつ、科学技術批判と本質的な関係にあるという見通しが立つ。これを裏づけるために本年度は、「黒ノート」のユダヤ論と科学技術批判との関係性の解明に取り組む。具体的には、両者に共通する「故郷喪失性」や「存在忘却」といった実存規定に注目することで、両者の本質的な共属性をさぐる。 ②「反ユダヤ主義」とは異なる「黒ノート」の解釈可能性を提起する。 だがユダヤ人(ないしはユダヤ教)を「計算的」とか「故郷喪失」などと形容することは、やはりステレオタイプの反ユダヤ主義ではなかろうか。なぜハイデッガーは「反ユダヤ主義とは関係ない」と言い切れるのか。この問題を考えるうえで本研究が注目するのは、ハイデッガーと関係のあったユダヤ思想家たち、とりわけH・コーヘンとE・レヴィナスである。ユダヤ人としての明確な自覚のもとで展開された彼らのユダヤ思想は、合理主義や〈場所〉からの離脱を特徴としており、計算的思考や故郷喪失性に依拠したハイデッガーのユダヤ論と多くの点で重なり合う。本研究ではその理由を万物の根本原因としてのユダヤ-キリスト教の神観念のうちに探ることで、ハイデッガーのユダヤ論が同時代のユダヤ思想を批判的に補完しうるものであることを示す。なお当初の計画ではコーヘンは研究対象ではなかったが、本研究にとって有益であると判断したため研究テーマとした。
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