平成27年度の研究を通じて、「黒ノート」のユダヤ論の背景には、「計算的思考」の問題に依拠したユダヤ‐キリスト教批判があり、またそこに科学技術批判も関係していることが明らかになった。これを受け平成28年度の研究では、科学技術批判とユダヤ論とのつながりを解明したうえで、いわゆる「反ユダヤ主義」には限定されない、「黒ノート」の解釈可能性を提起する計画を立てた。しかし研究を進めるにつれて、「黒ノート」のユダヤ‐キリスト教批判が単純なものではなく、そこには宗教と哲学、信仰と思索をめぐる込み入った諸問題が存していることがわかってきた。ユダヤ‐キリスト教批判を「黒ノート」のユダヤ論の核心に捉える以上、本研究は、新しく浮上したこれらの問題を整理し、分析する必要がある。そのため平成28年度では、当初の計画を変更し、1.「黒ノート」に記された信仰と思索の関係性、およびそれと関連する、2.ハイデッガーのパスカル解釈の分析に取り組んだ。
1. の主な研究成果として、次の3点が挙げられる。(1)ハイデッガーは信仰と思索の間に「裂目」を見ている。(2)この裂目において両者の「相互承認」という関係性が成立する。(3)「黒ノート」に特徴的なキリスト教(神学)批判は、間接的な信仰擁護にもなりうる。2. の主な研究成果として、次の3点が挙げられる。(1)ハイデッガーはパスカルの護教論を信仰による理性(計算的思考)の基礎づけとして評価する。(2)しかしそこに最高度の「存在忘却」が指摘される。(3)他方でパスカルの「心情の論理」と「理性の論理」の区別には、存在の思索にかかわる「ある本質的な痕跡の予感」が認められている。
研究期間内に成果を公表できなかった研究課題に関しては、すでに関連する研究もいくつか発表されているので、それらを踏まえつつ引き続き取り組んでいく。
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