自社株買いの買付動機を,実証分析により検証した.本研究では,新聞等で報じられるような,従来考えられてきた株主還元を目的とした,ペイアウトの観点からのみならず,Bad Newsを公表する際に生じる資本市場への影響(例えば,経営者による利益予想の下方修正に伴う株価の下落など)をオフセットするため,自社株買いを実施するという買付動機について観察している.本研究ではこの買付動機をオフセット仮説と呼んでおり,これまでアカデミックで主に検証されてきた,自社株買いの買付動機に関する過小評価仮説,フリー・キャッシュ・フロー仮説とはまた異なる買付動機を捉えた新たな仮説である.この仮説の着想においては,米国先行研究において年々自社株買いの公表に対する平均的な株式リターンが1%台にまで小さくなっていることが指摘される一方,自社株買いと同時に公表される情報(利益の発表など)をコントロールした場合には株式リターンは一貫して約3%であった.こうした事実は自社株買いと同時に公表される情報が株価を下落させるようなものであることを思わせ,そしてオフセット仮説の着想へと至った. 一般的に,自社株買いは株価を上昇させるGood Newsと認識されているようである.しかしながら,本研究の結果のとおり,自社株買いの買付動機は株主還元を意図するものだけではなく,様々な経営者の意図が盛り込まれていることを示唆するものであった.なお,本研究の分析結果は日本市場に限定されるものではなく,米国や他国においても観察されうる可能性の高い,示唆に富む研究結果である.さらに,本研究の発見事項は経営者が戦略的にディスクロージャーを行っていることを裏付けており,この点でも貢献がある.
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