本研究では,アリストテレスの『トポス論』での問答法には理論的な不備が存在し,その不備を修正し,問答法の理論を改訂した可能性を検討し,明らかにすることを目的にしている.このとき,改訂された問答法は『弁論術』において展開されているという解釈を行っている.本年度は,『弁論術』において,推論の原理が「固有」と「共通」という対立概念によって特徴づけられている点を中心に,Rubinelliの解釈を参照しながら,問答法の理論の発展性を検討した. そして,この共通と固有の区別は,共通のトポスと固有のトポスが存在するという解釈として従来受け入れられてきたが,近年のRubinelliらの研究にもあるように,共通のトポスは許容されても,固有のトポスは存在せず,固有の命題だと解釈するべきであることが明らかになった.著作の成立年代が確定できないことなどもあり,「発展した」と明確に述べることは困難であるが,『トポス論』よりも「一般化された」ものとして位置づけることができるだろうという結論となった.すなわち,『トポス論』においては,定義探究が目的であり,問答法の説明もこの目的に特化したものになっているが,それに対して『弁論術』から見いだされる問答法は,その目的は定義探究に限定されないより広いものだと考えることができる. このような変化に対応するように,問答法の推論で用いられるトポス(推論をつくるための手段となる論法)もまた,目的に応じた形で整理されていると考えられる.実際,『トポス論』で挙げられているトポスは,『弁論術』においてより一般化し,また目的に相応しいトポスが加えられている. 以上の研究のうち,両著作のトポスの差異と変化については,『比較論理学研究』(広島大学比較論理学プロジェクト研究センター研究成果報告書)にて発表した.
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