研究課題/領域番号 |
15H06837
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研究機関 | 分子科学研究所 |
研究代表者 |
黒井 邦巧 分子科学研究所, 生命・錯体分子科学研究領域, IMSフェロー (70757757)
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研究期間 (年度) |
2015-08-28 – 2017-03-31
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キーワード | 時間分解赤外分光 / 耐熱性ロドプシン / 圧力 |
研究実績の概要 |
好熱菌由来のロドプシンThermophilic rhodopsin (TR)は、最近初めて発見された耐熱性ロドプシンであり、光励起によりプロトンポンプを行う。平成27年度においては時間分解赤外分光法を用いて、TRの光反応における発色団レチナールからのプロトン伝達過程を明らかにし、その温度依存性について検討することができた。TRの赤外スペクトルにおいて、特徴的なシグナルとして分子内のカルボン酸残基のプロトン化を示すシグナル、および後期反応中間体におけるタンパク質骨格の変化を示すシグナルが認められた。変異体を用いて赤外分光計測を行ったところ、前者のプロトン化は発色団レチナール近傍にあると予想される95番アスパラギン酸残基で起きており、さらにこのプロトン化は近傍の229番アスパラギン酸残基も存在しないと起こらないことが分かった。これらの事実から、TRの光反応においてレチナールから95番アスパラギン酸へプロトン移動が起こり、さらにこのプロトン移動過程は近傍の229番アスパラギン酸により制御されているという分子機構を提案した。さらにTRの反応機構を特徴づけるべく、ロドプシン分子系統樹上で比較的TRと近い位置に存在する常温性ロドプシンGloeobacter Rhodopsin (GR)を用いて、同様に時間分解赤外分光計測を行い、比較解析を行ったところ、GRではTRと異なる骨格構造変化が起きていることが示唆された。次にTRの光反応を30℃から70℃までの温度条件で測定を行い、温度摂動による影響を検討したところ、発色団からのプロトン移動過程が温度により異なる中間体で起こっていることが示唆され、この過程が、単なる温度上昇による速度増加とは異なる温度依存性を持つことが分かった。さらに各反応中間体間の遷移速度の温度依存性より、中間体間の活性化エネルギーを見積もることにも成功している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究計画では平成27年度において、「①TRの光反応を明らかにすること、②TRの光反応の温度依存性を検討すること、③次年度に向けて加圧装置を分光器内に導入し、圧力下測定の条件検討を行う」の3つの達成を掲げていた。①と②については研究実績で記述したように達成することができたが、③については実際にダイアモンドアンビルセルや加圧装置を購入し、赤外レンズなどの光学部品も揃えることができたが、高圧セルを分光器内に導入し圧力を用いた測定系を完成させるには至っていない。この理由として、高圧セルであるダイアモンドアンビルセルにはいくつかの種類があり本研究に適した系を選定、製作するにあたって慎重な検討が必要であったことが挙げられる。製作にあたっては、高圧セルの製作業者と綿密な打ち合わせを行いダイアモンドの材質やサイズ、加圧装置の仕様について検討を行った。さらに高圧セルの分光器内への導入に当たっては、1 mm程度の大きさのダイアモンドアンビルセル試料室に赤外光の集光位置を合わせる必要があり、このためには分光器内に設置可能で精密な位置制御が可能なセルホルダーが必要である。加えてセル自身の温度を制御し、その温度をモニター可能な仕様である必要がある。このようなセルホルダーを製作する必要があったため、平成27年度内の計画③の達成には至らなかった。このセルホルダーについては分子科学研究所・装置開発室の協力を得て、現在製作に当たっている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の方針として、研究課題の推進は圧力条件下でのTR光反応の赤外分光測定の達成に注力し、一定温度下におけるTR光反応の圧力依存性を得ることを目標とする。上記のように、分子科学研究所装置開発室の協力を得て、精密な位置制御および温度管理が可能な高圧セルホルダーを現在製作中であるが、完成次第、セルホルダーを用いてダイアモンドアンビルセルの赤外分光器内への取り付けを行う。そしてまずは標準試料を用いて「実際にどの程度の圧力が発生しているか」の検討など実験系の測定条件検討を行う。このような試験実験を経て、次に定常状態におけるTRへの圧力効果を赤外スペクトルの圧力依存性を見て検討する。圧力軸を通したTRの構造安定性の検討からは、これまでなされてきた温度軸からの検討では得られない情報を提供しうるため、この定常状態における計測自身も意義ある結果を生むことが期待できる。これらを踏まえた上で、最後にTR光反応の圧力下時間分解赤外計測に取り掛かる。そのために、励起光源からのパルスレーザー光をダイアモンドアンビル試料部に、赤外光と同軸に導入してアンビル内のTRを光励起できるようにして、圧力下での光反応計測を行う。測定は一定温度条件で、1GPa以下の圧力範囲で行う。このように圧力下測定を推進していくと同時に、昨年度までで得られたTRの光反応機構や反応への温度効果に関する知見のとりまとめも行っていく。また圧力下測定に関する結果も国内学会で成果を発表していき、最終的に得られた成果のとりまとめも行っていく。
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