本研究は,ニッチ競争という生物学的要因が進化にどのような影響があるのかをテーマとして,パキスタン地域で約500万年間という長時間スケールで共存した2つの小型哺乳類グループ(ネズミ類 vs. キヌゲネズミ類)について,食性の適応進化がどのように起こったのか解明することを目的とする.二酸化炭素レーザーを歯エナメル質に照射し,炭素と酸素の安定同位体比を測定することで,同位体比として現れる食性進化(湿潤なエリアに生えているC3植物 vs. 乾燥したエリアに生えているC3植物)を追跡した.
一年目は,キヌゲネズミ類(全部で3亜科)のうち2亜科について調べ,共存を始めた約1400万年前から後半期の約1200万年前の間では,優勢な動物(ネズミ類)の出現によって劣勢な動物(キヌゲネズミ類)の食性が抑制されることは認められなかった.しかし,生態ニッチの競争では体の大きさよりも系統の近縁性が重要なファクターであるという傾向が認められた.
二年目となる本年度では,共存期間の前半期に集中して,キヌゲネズミ類3亜科全てとネズミ類の同位体データを増やし,標本数の相対頻度の時系変化とも比較した.系統の近縁性の評価には,2次元の幾何学的形態測定を歯の形態に応用した.共存期間の前半期では,キヌゲネズミ類が3亜科とも炭素同位体比が大きくなるような食性(より乾燥したエリアのC3植物の摂取と解釈)の変化を示したのとは対照的に,ネズミ類では炭素同位体比が小さくなるような食性変化(より湿潤なエリアのC3植物の摂取と解釈)が示された.キヌゲネズミ類の中でも,ネズミ類により近縁なグループは,ネズミ類と近似した同位体比を持ち,絶滅するタイミングが遠縁なグループよりも早い.同じ形態系で共存するには,系統的に遠い関係である必要があり,共存初期時に食性を変化することが可能であったことがネズミ類の成功につながった可能性がある.
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