我が国の100m走の日本記録は,18年前に10秒00が記録されてから長い間更新されていない.日本人選手と9秒台の記録を持つ選手との差について,さまざまな視点から検討が行われており,近年,両選手の大きな差の一つとして,大腰筋が注目されている. 競技スポーツ現場では,大腰筋の力発揮能力の増大を目的としてスリングエクササイズが実施されている.しかしながら,そのトレーニングが実際に大腰筋および短距離疾走能力に与える影響については検討がなされていない.それらのことを明らかにすることができれば,我が国の陸上競技短距離走の競技力向上の底上げに寄与する有用なトレーニング手段を提供できると考えられる. そこで本研究は,スリングエクササイズが大腰筋の筋形態および筋機能に及ぼす影響を明らかにし,そのうえで短距離疾走能力に与える影響を検討することとした. 被検者は,大学男子陸上競技短距離,跳躍および混成選手41名であった.被検者は,通常のトレーニングに加え,スリングエクササイズを実施する群(Tr群)と通常のトレーニングのみを実施する群(Con群)に分けた.Tr群では,週3回の頻度で12週間連続でスリングエクササイズを実施した.スリングエクササイズは,足部を専用のベルトにかけ,宙吊りの状態から股関節および膝関節の屈曲によって動作を遂行するものであった.測定項目は,大腰筋の筋横断面積,等尺性および等速性股関節屈曲筋力,最大疾走速度とし,トレーニング期間前および後において測定を実施した. 本研究の結果,Tr群では,大腰筋の筋横断面積,等尺性および等速性股関節屈曲筋力,最大疾走速度において有意な増大が認められた.一方,Con群ではすべての項目において有意な変化は認められなかった. 以上のことから,スリングエクササイズは大腰筋の筋形態および筋機能を改善させ,疾走能力を向上させうることが明らかとなった.
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