日本の冷温帯林の主要構成樹種であるブナは林床に多くの実生からなる実生バンクを形成する。この実生個体群の動態を決定する要因の特定を昨年度に引き続き行った。本年度は調査対象林分である若杉ブナ天然林において、ブナ実生個体群の動態調査を行うとともに、ブナ実生と共生している外生菌根菌の形態類別を新たに実施した。実生の動態調査では、0.27haの調査区内の1年生以上の全てのブナ実生を対象として、個体の出現、生死、および主軸長を測定した。菌根菌の形態類別では、2年生と4年生のブナ実生を採取し、全ての根端を実体顕微鏡により形態観察した。加えて、採取した実生の微環境を定量化するために、実生の近傍に設置した感光性フィルムから光環境を推定するとともに、表層土壌を採取して土壌の含水率を算出した。 解析結果から、同種成木の近傍、急峻な地形、および凸地形ではブナ実生の生残率が低くなることが示されたことから、実生の生残には生物的要因と非生物的要因の両方が重要であることが明らかとなった。さらに、地形要因(傾斜角度と凸度)が実生の生残に与える影響の強さは、空間に沿って変動する空間非定常性であることも示された。一方で、チシマザサの稈密度は実生の生残を規定する要因ではなかったが、チシマザサの稈密度が高い場所では実生の主軸成長量が減少することが示された。また、土壌養水分量が高い場所では実生の乾燥重量が大きくなることが明らかとなった。実生の菌根数に対しては、土壌水分環境よりも光環境が重要であり、明環境下で菌根数が増加することが示されたことから、菌根菌に供給するための光合成産物量が菌根菌との共生関係を規定していることが示唆された。
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