研究課題/領域番号 |
15J00084
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研究機関 | 琉球大学 |
研究代表者 |
岩田 大生 琉球大学, 理工学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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キーワード | チョウ / ヤマトシジミ / 色模様進化 / 表現型可塑性 / 低温刺激 / 行動実験 / 継代飼育 / 遺伝子解析 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、生息北限域の拡大に伴って起こった小型の蝶ヤマトシジミ本土亜種の色模様進化を解明することである。この進化は、蛹の時期の低温刺激によって引き起こされた色模様変化(表現型可塑性)が次世代に伝わるように遺伝的に固定され生じたものと考えられている。そのため、この色模様進化を解明するには、野外においてどのように表現型可塑性が次世代に伝わるのかを解明する必要がある。これを達成するため、昨年度(平成27年度)はヤマトシジミ本土亜種を用いて以下3つの実験を行った。 《1.行動実験による不利益性の検証》交配時に色模様変化雄に不利益性があっては集団内に色模様変化が広まらない。そこで、小型水槽の中に色模様変化雄1頭(ペイントにより作成)と非色模様変化雄1頭を入れ、そこに未交尾雌1頭を入れることで、雌に配偶相手を選択させた。その結果、「未交尾雌(非色模様変化個体)が色模様変化雄と非色模様変化雄のどちらを選択するのか」という割合は1:1となり、色模様変化雄に不利益性がないことが証明された。この結果は、色模様変化が個体群内に広まる可能性があることを支持している。 《2.進化の再現実験》低温刺激による選択のみでも遺伝性の色模様変化が生じなければ野外で色模様の進化は生じにくい。そこで、低温刺激を施した100頭のヤマトシジミの蛹を水槽内に入れ、羽化後、彼ら自身に交尾相手を選ばせるということを10世代ほど行い、遺伝性の色模様変化が生じるかどうかを調べようとしたが、餌が良くなかったためか3世代目で全滅した。 《3.色模様変化を引き起こす原因遺伝子の特定》遺伝子・分子レベルでどのような変化が起きて遺伝性の色模様変化が生じるのかを理解するため、色模様変化の原因遺伝子などを特定する実験を進めており、現在は、遺伝子発現解析用の蛹の翅のデータリストを色模様変化個体ごとに構築している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究実績の概要で記載した3つの実験の進捗状況は以下の通りである。 《1.行動実験による不利益性の検証》この実験は非常に順調である。非色模様変化雌が色模様変化雄(ペイントにより作成)と非色模様変化雄のうちどちらと有意的に交配するかについて検証は終了したが、色模様変化雌(低温処理により作成)に関してはまだ行われていない。そこで、本年度(平成28年度)ではこの点に関して実験を行っていく予定である。 《2.進化の再現実験》この実験は以下の理由により途中で終わったため、うまくいかなかったといえる。その理由は明らかでないが、ヤマトシジミ幼虫の餌となるカタバミ(植物)が生えている場所に殺虫剤や除草剤が撒かれていたものと思われ、それにより3世代目にして幼虫が大量死し、最終的に絶滅してしまったと考えられる。しかし、本実験を通して、実験室内において100頭ものヤマトシジミ成虫を自然に飛ばしつつ飼育する方法を確立し、また、100頭の成虫を飼育する大きな飼育ゲージ内での配偶行動に関する行動実験法を生み出した。つまり、継代飼育と行動実験を並行して行う実験系を確立したといえ、当初予定していたよりも良い実験系を確立することはできた。 《3.色模様変化を引き起こす原因遺伝子の特定》この実験は少し遅れ気味である。色模様変化個体と非色模様変化個体の蛹の翅に発現しているRNA量の違いを比較することで、色模様変化の原因遺伝子の特定をする予定だったが、これを行うには目的とする色模様変化個体のみからRNAを抽出する必要があった。しかし、事前実験で可能だと考えられていた方法では、目的とする色模様変化個体のみからRNAを抽出することが出来なかったため本実験は遅れた。そこで昨年度(平成27年度)に、目的とする色模様変化個体のみを特異的に選択する方法を新たに確立した。このため、本年度(平成28年度)は順調にいくものと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
以上のように、当初予定していた実験3つを試みたが、うまくいったのは「行動実験」のみであった。しかしながら、「進化の再現実験」および「原因遺伝子の特定」の両方において貴重な実験系の確立に成功した。進化の再現実験の方は、少なくとも1年ほど継代飼育する必要があるため今からでは時間が足りない。また、沖縄県内のどの場所のカタバミが安全であるのか現段階で不明であるため、この実験をこれから再開して、目的を達成するのは困難である。以上の理由により、今年度(平成28年度)は進化の再現実験は行わないこととする。これにより、原因遺伝子の特定の方にあてられる時間が増えたため、今年度はこちらの方を重点的に行っていくこととする。少なくとも本年度ではディファレンシャルディスプレイ法などに基づいて、色模様変化にかかわる候補遺伝子の探索を行う予定である。 行動実験の方も未解決の課題がいくつか残っている。それは、未交尾の色模様変化雌が色模様変化雄と非色模様変化雄のどちらを配偶相手として有意に選択するのかという問題である。これを解決することにより、交配時に色模様変化雄に不利益性がないことをさらに証明できる。これに加えて、現在用いている色模様変化雄はペイントにより作り出している疑似色模様変化雄であるため、低温処理で生み出した色模様変化雄とは異なる可能性があり、その点についても検証が必要である。なぜなら、昆虫は紫外線も視認可能であるからである。そこで、疑似色模様変化雄(ペイントにより作成)と色模様変化雄(低温処理により作出)を用いて紫外線写真の撮影および紫外線可視分光光度計で反射スペクトル分析をし、両者の間にどれほどの違いがみられるのかについて検証していく予定である。さらに、昨年度収集した行動実験の動画データの解析を、雌の交尾拒否なども含めてもう少し詳しく行っていく予定である。
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