研究課題/領域番号 |
15J00410
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
村下 湧音 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | 非平衡統計力学 / 熱機関 / ゆらぎの定理 / 有限時間熱力学 / エントロピー / 量子開放系 |
研究実績の概要 |
【研究目的】本研究の目的はマイクロメートルスケールの微小な熱機関を,非平衡統計力学的な手法であるゆらぎの定理で解析することにより,熱機関の効率に関する制約を与えることである. 【研究の重要性】近年のテクノロジーの進歩により,マイクロメートルスケールの古典系・量子系を実験的に用意し,測定し,制御することが可能となった.その結果,これらの系を熱力学系として扱いエネルギー論を展開する確率論的熱力学や量子熱力学と呼ばれる分野が,理論・実験の両輪から精力的に研究されている.小さな系ではその小ささが故に相対的に大きな熱ゆらぎにさらされることになる.その結果,マクロな系とは異なり,熱ゆらぎによってエントロピーが減少する過程が確率的に生じえる.その確率を定量的に記述するのがゆらぎの定理と呼ばれる理論形式である.ゆらぎの定理は非平衡系に対し,熱力学第二法則よりも詳細な情報を与えるという点で注目を集めてきた.ゆらぎの定理およびゆらぎの定理から導かれる不等式は熱機関から取り出せる仕事の限界を評価する上で本質的な役割を果たす. 従来のゆらぎの定理が適用できない特異的に強い不可逆性である絶対不可逆性が存在するとき,拡張されたゆらぎの定理から導かれる不等式が,エントロピー生成に対してゆらぎの定理よりも強い制約を与えることを先行研究で示した.このように絶対不可逆性は熱力学的操作におけるエントロピー生成に対して本質的な制約を与えうる. 【研究実績1】本研究では,熱力学的制約を与える絶対不可逆性が古典的で基礎的な熱統計力学の問題であるGibbsのパラドックスと密接に関係していることを示した. 【研究業績2】フィードバック制御下にある量子開放系のゆらぎの定理を絶対不可逆性を含む場合に拡張した.その結果,量子的にコヒーレントな駆動が絶対不可逆性を抑制することがわかり,量子的な操作の優位性を定量化することに成功した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
【研究実績1】Gibbsのパラドックスは19世紀後半に提唱された気体混合に関する熱力学・統計力学の分野の古典的な問題である.その本質はエントロピーの粒子数依存性をどのように決めるべきかという問題であり,様々な側面を持つ.その中に,どのように熱力学エントロピーと古典統計力学エントロピーの差を決定すべきかという問題がある.この問題は熱力学的極限においては熱力学的エントロピーに示量性を課すことによって解決される.我々は微小な熱力学系においては,熱力学量が絶対不可逆性を含むゆらぎの定理を満たすことを要請することによって,エントロピーの粒子数依存性を決定できることを示した.ここで導かれた粒子数依存性は統計力学のコンシステンシーから導かれる粒子数依存性と正確に一致していることがわかった. 【研究実績2】量子開放系を量子軌道法を用いて定式化し,逆過程において逆測定と事後選択を導入することで,フィードバック制御下の量子開放系において自然な形でゆらぎの定理を導くことに成功した.その結果,量子コヒーレンスと絶対不可逆性が密接な関係にあることがわかった.古典系においては誤差なし測定に基づくフィードバック制御を行うと通常絶対不可逆性が生じるが,量子開放系においては射影測定に基づくフィードバック制御をした場合でも絶対不可逆性が必ずしも生じない.これは,量子的な制御を行うと状態がコヒーレントにヒルベルト空間全体に広がり,熱力学的な不可逆性が軽減されるためであることがわかった.一方で,測定後に古典的なフィードバックを行った場合,特に,測定から量子フィードバックをするまでに遅延がある場合に,それに伴うデコヒーレンスの効果を絶対不可逆性によって定量的に評価できることがわかった.この結果は量子操作の熱力学的優位性を与える一つの方法を与える.
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今後の研究の推進方策 |
【推進方策1】絶対不可逆性は確率の比が取れないという測度論で定義された特異性から生じている.測度論ではCantor測度と呼ばれるフラクタル的な測度についても一様測度と比が取れずに特異的になることが知られている.カオス系においてはLyapunov不安定な方向に引き伸ばされて,折りたたまれるという動作を繰り返すことによって,位相空間上で時間無限極限ではフラクタル的な特異性が生じるものと期待できる.しかしこれは絶対不可逆性が0から1に無限時間においてジャンプすることを意味し,物理的には不自然である.有限時間の絶対不可逆性を滑らかにつなぐためには精度を導入すれば良い.その精度で見てどれほど測度が特異的になっているかをRenyiダイバージェンスを用いて評価できることがわかった.この研究を遂行することで,絶対不可逆性の基礎物理的な意義についての理解を深められることが期待できる. 【推進方策2】初年度において,複数熱浴と結合したLangevin系において過減衰極限を取る手法を開発した.これは,非平衡定常状態にあるBrown粒子熱機関の効率の確率分布や大偏差関数を計算するためであった.この手法に基づき,効率の大偏差関数を解析的に計算することで,従来のエネルギーが有界な場合の一般論との違いが見出せると期待できる.
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